スワロウテイル
あれから二週間。 新学期が始まり、修は三年生になった。
井上は念願叶ってみちると同じB組に。
修と五條はまた同じクラスでD組だった。

教室内では以前と変わらず修は五條と笑い合っていたけどあれ以来、将棋は一度も指していない。
そのことには五條も気がついていると思うけど、何も言わなかった。
修は五條のそういう気遣いを大人でかっこいいと思うけれど、今は素直に感謝する気持ちになれなかった。


授業が終わり、部活に出るため体育館へと向かう。
長袖のジャージ一枚で外に出ても、もう寒さは感じなくない。あれほど高く積もっていた雪もまるで魔法にかけられたように消えてしまって、あちらこちらに春の息吹が感じられる。

「修〜」

自分を呼ぶ声に振り返ると、井上が息を切らせて走ってきた。
みちると同じクラスになれた井上はこのところずっとご機嫌だ。他愛もない井上の話に修が相槌をうちながら歩く。

「あ。そういや、あの話聞いた? 1年の女子達が噂してるやつ」

つい最近入学してきたばかりの1年女子となんて接点があるはずもなく、修は首をかしげた。

「最近また、裏道の蝶を見たって奴が増えてるんだって。でさ、そのうちの一人は蝶を見た翌日に階段から落ちて怪我したらしいぞ」


ーー裏道の蝶。

子供の頃から耳にタコができるほど聞いてきた。何が面白いのかさっぱりわからないが、2〜3年に一度くらいのペースで思い出したように噂が広がるのだ。

燃えるような真紅の羽根をもつ大きなアゲハ蝶。その姿を目にすると、恋が叶うとか、不幸が訪れるとか・・・流行りだす度に新しいパターンが追加されていた。そのわりに、誰がいつ見たのか、実際に何が起きたのかは曖昧で噂話の域を出ない。

修の母の若い頃には、もう少し決まった言葉で語られていたらしい。

裏道の蝶は不思議な幻を見せてくれる。
その幻を見た者は運命が大きく廻り出す、と。

「今度、部のみんなで夜に集まって神社行ってみるか!?」

「う〜ん。まぁ、皆が行くなら」

井上は完全に肝だめしのノリでそんなことを提案した。修は本音を言えばあまり乗り気ではなかったけど、いつもの優柔不断さで曖昧な返事をした。


裏道の蝶が本当の話なのかどうかはわからない。口裂け女だって、宇宙人だって、絶対にいないとは言い切れないだろうし‥‥。

ただ、もしも裏道の蝶が実在したとしても、きっと修の前には現れないだろう。
それだけは確信をもって、断言できる。

不思議な出来事や特別ななにかに遭遇するのは、いつだって選ばれた人間だけなのだ。
部活のレギュラーにすら選ばれない修がそんなものに選ばれるはずがない。
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