スワロウテイル
修は長洲の話す他愛もない話に適当に相槌をうっていた。
はっきり言えば、心ここにあらずの状態だった。
昨日のみちるの顔が脳裏に焼きついて離れなかった。


その言葉は長洲の口から本当にさらりと告げられた。なんの気負いもなく、あっさりと。
だから、修は弾みで「うん」と頷いてしまうところだった。


「あのさ、来週の日曜日って空いてる?
観たい映画があるんだけど、一緒に行かない?」

「あぁ‥‥うん‥‥ えっ⁉︎」

唐突に現実に引き戻された修は、驚いた表情で長洲を見返す。
あんぐりと口を開けて、ものすごく間抜けな顔だったんだろう。

長洲はクスっと笑って、もう一度同じ台詞を繰り返した。言い聞かせるように、言葉を区切りながら、ゆっくりと。

「来週の日曜日、二人で映画に行かない?」

修の耳にも今度はしっかりと届いた。

ーー来週の日曜日、映画、二人で。

「えぇ⁉︎」

「ダメ?」

ふいに長洲の顔が近づく。 女の子特有の甘ったるい匂いが修の鼻をくすぐる。

小首を傾げる仕草も、黒目の大きな潤んだ瞳も、濡れたようなピンク色の唇も。

すべてが甘い麻薬のように、修を誘惑しようとする。

今まで全く意識していなかった相手が急に女の子として隣にいる。
身体がソワソワと浮きたって、落ち着かない。
一度意識してしまうと、これまで普通にしていられたことが不思議なくらいだ。


「急に誘ったからびっくりした? 返事は明日でいいや。 じゃあ、バイバイ」

戸惑う修に気を遣ったのか、長洲はさっぱりした口調で言うとくるりと修に背を向けた。

修はぼぅっと長洲の後姿を見送っていた。すると、数歩先で長洲がこちらを振り返り、小さく手を振った。

修も右手をあげて、手を振り返す。


‥‥可愛いと思った。

映画くらい一緒に行けばいい。
デートに誘われただけでこんなに意識してるんだから、もっと時間を重ねれば長洲を好きになるかもしれない。

そんな風に考え始めている自分がいた。


楽な方に流されているのかもしれない。
だけど、それのなにが悪いんだろうか。


その問いに修は答えられなかった。
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