スワロウテイル
なにかの広告のキャッチコピーになった『カワイイは作れる』
あれは真実だと沙耶は思う。
正確には『美人は作れないけど、カワイイ子は作れる』だろうか。

沙耶は美人と呼ばれる存在にはなれない。美人は天然物だけに許された称号なのだ。あの、中原みちるのような‥‥

鏡の中の沙耶の顔がかすかに歪んだ。
沙耶はみちるが嫌いだった。小学校最後の年で初めて同じクラスになって以来、もうずっと。

沙耶はポーチからフェイスパウダーとグロスを取り出した。 パフで小鼻を軽くおさえて、唇の真ん中にグロスを少し。


鏡に映る沙耶は、ちゃんといつも通りの顔で笑えていた。


化粧室を出て絢香達のいるテーブルに戻る。あと数メートルまで近づいたところで、みんなの会話が聞こえてきた。

「いっつも思うけど、沙耶ってメイク直し長いよね〜」

「ね〜。てか、ちょっとメイク濃すぎじゃない?」

「でも、メイク超うまいよね‼︎ 中学の時と全然顔違うもん」

「やだ〜それ褒めてないよ。すっぴん酷いって言ってるようなもんじゃん」

クスクスという笑い声が重なる。

自分の陰口を目の当たりにしても、沙耶は何とも思わなかった。 友達になんて言われようと可愛くなりたかったから。
むしろ悪口は羨望の裏返しだと誇らしくすら思っていた。

「なに、なに〜? なんの話してたの?」

笑顔でみんなの輪に入っていく。こういう時の聞こえていない振りは沙耶の得意技だ。

「わっ、沙耶。いつの間に戻ったの⁉︎
えーっとね‥‥梨香子のこれ、可愛いくない?」

そして、こういう時の上手なごまかしは絢香の得意技。 絢香は隣に座る梨香子が指定カバンにぶらさがっているクマのキーホルダーを指差した。
無表情なクマは可愛いというより、むしろ怖い。だけど、もちろんそんなことは言わずに沙耶は絢香に調子を合わせた。

「ほんとだ〜可愛いね! 梨香子、どこで買ったの〜?」

沙耶が梨香子に笑いかけると、絢香以外の二人は明らかにほっとしたように表情を緩ませた。

「なんか‥‥沙耶ってほんとに天然だよね」
絢香が苦笑まじりにひとりごちた。
残念ながら、沙耶の耳には届いてしまっていたけど‥‥。

ーー天然キャラっていうのは便利なものだと思う。つまらない会話を適当に聞き流していても、面倒くさいことは忘れたふりをしても、すべて『沙耶は天然だから』で許される。

だから、今日も仮面をかぶる。
ちょっとおバカで天然な沙耶を演じ続けるのだ。
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