スワロウテイル
沙耶達は2時間近くも居座り続けたファーストフード店を出ると、市内から霧里町へと向かう最終のバスに乗り込んだ。最終といっても、まだ夕方の6時を回ったばかりだ。

バスは10分も走れば市内の繁華街を抜け、田んぼと畑ばかりの見慣れた景色へと変わっていく。

黄昏時の茜色に染まる空は沙耶の好きなもののひとつだ。刹那的‥‥なんて言い方をすると大人ぶってる中学生みたいで嫌だけど、この時間の、ほんの一瞬で終わってしまう儚い感じがたまらなく好きだった。


ーーあぁ。ほら、あっという間に濃厚な夜の色に塗り替えられていく。



沙耶がぼんやりと窓の外を眺めていると、隣の絢香が顔を近づけてきて囁くように言った。

「ねぇねぇ。そういえばさ、沙耶の家って五條君の住んでるとこと結構近いよね?」

「あ〜、そうだね。隣の隣の隣‥‥くらいになるかな?」

五條‥‥五條玲二とは去年同じクラスだった。まぁ、五條が転入してきたのが3月頭で4月にはクラス替えをしたから1ヶ月だけのクラスメートだったのだけど。
多分、『おはよう』と『バイバイ』以外の言葉は交わしたこともない。

たしかに家は近所だが、部活がある沙耶とは時間が合わないのか登下校で会ったこともなかった。

「おばあちゃんの家に住んでるって本当なの?」

「うん。そうなんじゃないかな〜」

沙耶は適当に返事をしたけど、本当は少し違う。 五條が世話になっている家は千草ばあちゃんと呼ばれる老婆がずっと一人で暮らしていた。千草ばあちゃんは田舎では珍しく独身をつらぬいた人で、少々変わり者だ。当然、孫なんていない。

沙耶の母親が仕入れてきた近所の噂話によると、五條は千草ばあちゃんの妹の孫にあたるそうだ。

絢香に本当のことを教えなかったのは、人の事情をペラペラ喋るものじゃないという道徳心からではもちろんなく、単純に面倒くさかったから。

沙耶はかっこいい男の子が好きだ。そして、五條は文句無しにかっこいい。
にもかかわらず、沙耶は初めて五條を見た瞬間から『苦手だな』という感想しか抱けなかった。

別に五條に何をされた訳でもないのだけど‥‥近づきたくないタイプと沙耶の本能が判断した。
あの爽やかぶった笑顔が胡散臭いし、裏がありそうな人間だと思った。
もしかしたら、同族嫌悪ってやつなのかも知れないけど‥‥。

「あの噂、やっぱり事実なのかな⁉︎」
沙耶とは正反対に絢香は五條に興味津々のようで、鼻を膨らませながら言った。
< 34 / 98 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop