スワロウテイル
あの噂‥‥というのは、五條が転入してきて数週間たった頃にどこからともなく広がっていった話のことだ。
噂の出処は一つ下の学年の女子生徒らしい。

その女子の従兄弟だかハトコだかが東京に住んでいて、五條がいたK大附属高校に通っているらしい。だから信憑性が高いという理屈で、その噂は半ば真実として語られるようになっていた。

数ヶ月前にあったK大附属高校でのイジメ自殺事件。 そのイジメの主犯格が五條だった。自殺した生徒が遺書を残していた。もちろん未成年だからテレビなどでは控えているが、ネット上では五條の名前が晒されていてK大附属高校では大騒ぎになったそうだ。

だから、東京にいられなくなって五條は田舎に転校してきた。 というのが、噂の大筋だった。

「う〜ん、どうだろう。 五條君そんな感じには見えないけどね」

「かっこいいけど、本当だったとしたらさすがに仲良くできないよね〜」

「うん。本当ならちょっと怖いね」

絢香の言う通り、初めの頃は五條にキャーキャー言ってファンクラブでも結成しそうな勢いだった女子達も今ではかなり引いて見ていた。
男子は噂を知るものと知らないものと半々くらいだろうか。
五條と一番仲の良い修が知らなかったくらいだし、もっと少ないかもしれない。
どちらにせよ、霧里町の人間は狭い世界に波風を立てるのを嫌う気質だ。
五條を露骨に無視したり、直接問いただしたりする人間はいなかった。
こうやって、陰でひそひそ噂をして楽しむ程度だ。


K大附属高校の事件そのものは沙耶もよく覚えている。両親はテレビに向かって、『やっぱり都会は怖い』などと的外れな見解を口にしていた。

人間に好き嫌いの感情がある限り、イジメはなくならないと沙耶は思う。
五條みたいな優等生がイジメをしていても不思議でもなんでもないし、沙耶だって何かの拍子に加害者にも被害者にもなるかもしれない。自殺したその子は不運なことに、特別ひどい外れクジを引いてしまったのだろう。

バスが霧里町に着いた時には、あたりはすっかり暗くなっていた。バス停で絢香達と別れて、沙耶は自宅へと向かう。
隣の隣の隣‥‥の家に差しかかったとき、ふと沙耶は足を止めた。

古民家という言葉がよく似合う木造の古い一軒家。庭に植えられた背の高い柿の木が存在を主張していた。
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