スワロウテイル
縁側にちょこんと腰掛けている小さな人影に沙耶は声をかけた。

「千草ばあちゃんっ」

年齢のわりに耳の良い千草ばあちゃんがゆっくりと顔をあげ、こちらを向いた。
千草ばあちゃんの傍らには年老いた三毛猫のヨネがぴったりと寄り添っている。

「あぁ‥‥たけ坊んとこの沙耶か。
おけぇり」

千草ばあちゃんは訛りが強い。おまけに男みたいなしゃべり方をする。
ちなみに、たけ坊と言うのは沙耶の父親のことだ。立派な中年のおじさんなのだが、千草ばあちゃんにかかれば今だに坊ちゃん扱いだ。

沙耶は千草ばあちゃんの側まで歩いていき、ヨネの頭を軽く撫でた。

「千草ばあちゃんもヨネも元気そうね」

「俺もヨネももう歳だがらなぁ〜。いつお迎えがくるかわかんねぇ」

そう言って、千草ばあちゃんはかっかっと豪快に笑った。
その笑顔にまだまだお迎えは先のことだなと沙耶は胸を撫で下ろした。

ふと家の中に目をやれば、奥の部屋から明かりが漏れていた。

「ねぇ、千草ばあちゃん。五條‥‥ええっと‥‥玲二君はさ」

「あぁ。玲二に用か? おぉーい」

千草ばあちゃんが五條がいるのであろう奥の部屋に声をかけようとするので、沙耶は慌ててそれを止めた。

「わぁ。違う、違う。 用はないの」

「じゃ、なんだ?」

千草ばあちゃんが怪訝な顔を沙耶に向ける。

「えっとさ‥‥玲二君は元気にしてる?」

咄嗟の答えとは言え、ずいぶん間抜けなことを聞いてしまった。
とは言え、一応血縁者である千草ばあちゃんに「玲二君はイジメをして相手を自殺に追い込んだの?」なんて直球な質問をするわけにはいかない。

千草ばあちゃんはふっと顔を曇らせた。

「あれは難儀な子でなぁ‥‥」

哀しげな目をして、そう言った。


やっぱり五條は嫌な奴だ。歳老いた千草ばあちゃんに余計な心配を背負わせるなと言いたかった。

だけど、自分も‥‥さほど興味はないと思っていたはずなのになんで千草ばあちゃんに五條の話なんか聞こうとしたんだろうか。知らぬ間に絢香に感化されてしまったのか。

沙耶はぶんぶんと頭を振った。
ややこしいことには首を突っ込まない。
それが賢い生き方だ。そう自分に強く言い聞かせた。
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