スワロウテイル
「よしっ。基礎練はそこまでー! 紅白に分かれて試合するぞー」

広い体育館に寺岡先生のよく通る低い声がこだまする。来月に迫ったインターハイの予選大会に向けて、寺岡先生は部員以上に気合いが入っていた。
先生の言葉を聞いた沙耶は、練習試合用のビブスを人数分持ってくるように入ったばかりの一年生マネージャーに指示をした。

ビブスを手に戻ってきた志保ちゃんが沙耶に尋ねた。

「沙耶先輩。 インターハイに行くのってやっぱり難しいんですか‥‥?」

「かなりね〜。 うちは毎年、地区大会突破が目標だよ」

沙耶は苦笑しながら言った。がんばっている部員達には悪いけれど、奇跡がおきたとしても県大会のベスト8くらいがいいところだろう。

「でも、太田先輩はめちゃくちゃ上手いですよね! かっこいいなぁ」

志保ちゃんはキラキラした目で太田を見つめる。

「そうだねぇ。太田があと四人いれば、地区大会突破は軽いかも‥‥けど、他のみんなもがんばってるんだし応援してあげてね」

「はぁい。 あ、相沢先輩も最近活躍してますよね」

志保ちゃんの言葉に内心びくりとした。修とはあれ以来、もう一ヶ月近くほとんど会話していなかった。
沙耶はちらりと休憩中の部員達に目を向ける。

修はほどけたバッシュの紐を結び直していた。ふっと顔をあげてコートを見つめる目は真剣そのものだ。

沙耶は胸の奥がツンと痛むのを感じて、慌てて目を逸らした。

志保ちゃんの言う通り、修は最近頑張っていた。
すぐにボールを手放してしまう悪い癖もなくなり、自らシュートにいくこともふえてきた。
何よりここ数ヶ月続いていた無気力状態が嘘のように、生き生きと楽しそうにプレイするようになった。


ーーもしかして、中原みちるとうまくいったのだろうか。

沙耶はコートへと走っていく修の背中を無意識に目で追っていた。
身長は170㎝ちょっとくらい。癖のない柔らかそうな髪にすっきりとした顔立ち。誰に対しても優しくて、いつもニコニコと笑っている。

いわゆるイケメンとは違うし、もてるタイプでもないけれど‥‥修に好意を抱いている女子は意外と多い。

『浮気しなさそうだし、大事にしてくれそう!彼氏にするなら悪くないよね』
女子の評価はそんな感じ。沙耶も同感だった。だから、デートに誘ってみた。

けど‥‥本当はそれだけじゃない。
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