スワロウテイル
修と別れてからの十数分間。
沙耶と五條は一言も口をきくことなく、自宅までの道を黙々と歩き続けた。

別にもう怒ってもいなかったけど、なにを話したらいいのかわからなかった。
五條の方も同じだろう。


先に千草ばあちゃんの家に着く。
沙耶は「じゃあね」とだけ言って、五條の顔も見ずに歩き続けようとした。

その時だった。

‥‥フギャー、フギャー。

いつもほとんど騒ぐことのないヨネが殺気だったような鳴き声をあげていた。

「ヨネ? どうかした!?」

野良猫とケンカにでもなったのかと思って、沙耶はヨネを探して家の中をのぞきこむ。

「ーー千草ばあちゃん!?」

ヨネが鳴いていた理由がすぐにわかった。
いつも腰掛けている縁側にもたれかかるようにして千草ばあちゃんが倒れていた。
沙耶は慌てて千草ばあちゃんに駆け寄り、顔を近づける。

「千草ばあちゃんっ。どうしたの?
大丈夫!?」

ーーゼイ、ゼイ。

青白い顔をして、呼吸は浅く速く喘鳴がひどかった。意識が朦朧としているのか、目も開かないし沙耶がどんなに呼びかけても返事もない。

とても苦しそうだ。一刻を争うかもしれない‥‥。

「五條っ。 あんた、なにぼーっと突っ立ってんのよ!? さっさと救急車‥‥ううん、隣の田中のおじさんに頼んで車出してもらって。 急いでっ!!」

沙耶は立ち尽くしていた五條を怒鳴りとばすと、自分はスマホを出して町で唯一の総合病院の番号を押す。

「もしもしっ。 救急ですーー」



田中のおじさんの車で千草ばあちゃんはすぐに病院へと運ばれた。
病院の薄暗い待合室で医者を待っている時間はひどく長く感じられた。
柱時計の秒針が動くチッチッチッという普段ならなんでもない音が、妙に大きく聞こえてきて、落ち着かない。
沙耶は祈るような気持ちで時が過ぎるのを待った。


診察室から医者が出てきて、命に別状はないと聞いた時には全身からどっと力が抜けて、その場にへたりこみそうになった。
千草ばあちゃんは風邪をこじらせて肺炎を引き起こしていたらしい。
今日は入院になるけど、症状が落ち着けば家に戻れるとのことだった。


「はぁ〜〜。 とりあえず、無事でよかった。えっと‥‥五條は今日は千草ばあちゃんについててあげられる?
ーー五條⁉︎」

五條は放心したように宙を見つめていた。千草ばあちゃんが倒れたという状況をまだきちんと受け入れられていないようだった。

「あぁ‥‥うん、もちろん」

「必要なものとかある? なにかあれば、私取ってくるけど‥‥」

沙耶は立ち上がりかけて、途中でやめた。五條があまりにも顔面蒼白だったから。千草ばあちゃんに続いて、五條まで倒れてしまいそうに弱々しく見えた。

「やっぱり、今日は私も千草ばあちゃんについてることにするわ」

五條は両手で顔を覆って、下を向いた。
指先がかすかに震えていた。
絞り出すような小さな声が沙耶の耳に届いた。

「‥‥ごめん。 俺がもう少しちゃんと様子を見ていれば、こんな事にならなかったのに」

沙耶は横目でチラリと五條を見ながら、ため息を落とした。

「それは、あんたのせいじゃないよ。千草ばあちゃん、人に頼るの苦手な人で昔からすぐに無理し過ぎちゃうの」

近所からは独身てだけで変わり者だのと言われているけど、沙耶は昔から千草ばあちゃんとは気が合っていた。
結婚して夫や息子に世話になるという平穏な人生を選べなかった不器用なところも含めて、千草ばあちゃんが好きだった。


「‥‥ありがとう」


五條の「ありがとう」が何に対してのものなのか、よくわからなかったけど、沙耶は黙って頷いた。


そのあとは、二人そろって千草ばあちゃんの病室に入れてもらって一晩中側についていた。
明け方近くには千草ばあちゃんの呼吸がすっかり穏やかなものに戻っていて、二人してほっと胸を撫で下ろした。
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