スワロウテイル
「ーーうん、ありがとう。 そう、千草ばあちゃんとこの玲二君も一緒。 ーーうん、待ってるね」

沙耶は電話を終えると、待合室のソファに座る五條を振り返った。
さすがに眠気が出てきたのか五條は目を閉じ、ソファにもたれかかるようにして身体を休めていた。

沙耶は自販機でブラックコーヒーを二つ買ってから、五條の隣に戻った。
沙耶の気配に気がついた五條がパチリと目を開ける。

「あげる」

短く言って、沙耶は冷たい缶コーヒーを五條の手に押し付けた。

「あぁ‥‥ありがと」

「うちのお母さんが迎えにきてくれるって。 五條のことも送るから待ってろだってさ」

沙耶はコーヒーを喉に流し込み、慣れない苦味に顔をしかめた。どうやら、いつも飲んでいる甘いカフェラテとは別物のようだ。

空が白み始めるのと反比例するように沙耶の瞼は重くなっていく。
ふわぁ‥‥と何度目かの欠伸をかみ殺す。

そんな沙耶を見て五條が言った。

「結局、一晩付き合わせちゃってごめん。けど、助かった。俺ひとりじゃどうしていいかわかんなかった」

「言っとくけど、五條の為じゃないわよ。 世間知らずのお坊ちゃんひとりに千草ばあちゃんを任せるわけにはいかないから、一緒にいただけ」

憎まれ口をたたく沙耶に五條はははっと声をたてて笑った。たしかに笑っているのに、沙耶の目に映る五条は今にも泣き崩れてしまいそうだった。


「世間知らずかぁ‥‥それはその通りだから反論できないな。今も長洲に頼りっぱなしだったし」

五條は自嘲するように小さくつぶやく。
そして、ふと顔をあげて沙耶をじっと見つめた。

「長洲さぁ‥‥」

いつの間にか呼び捨てにされていることに少しムッとしたけど、沙耶の方も「あんた」呼ばわりしているからお互いさまだろうか。

「そうやって普通にしてる方がいいと思うんだけど‥‥変にキャラ作んのやめたら? どうせ修にも本性ばれてたし」

沙耶は無言で五條をにらみつけた。
五條はそんな沙耶の視線をかわして、にこりとあの胡散臭いほど爽やかな笑顔を作って言った。

「嫌な女だけど‥‥男の趣味はいいと思うよ」

「はぁ!?」

「修を好きになるのは見る目あるよね」

「ーーっっ。 あんたに言われなくても、知ってるわよ」

ぷいっとそっぽを向いた沙耶を見て、五條はクスクスと笑っていた。


五條なんかに言われなくても、わかってる。修は本当にいい奴で‥‥興味をもつきっかけがみちるへの対抗心であったのは否定しないけど‥‥いつの間にか本当に好きになっていた。

あの練習ノートだって、最初に気がついて褒めてくれたのは修だった。
太田の右足の不調も修が一番に気がついて、こっそり沙耶に教えてくれたのだ。

天然キャラの仮面の下の沙耶の素顔だって、ちゃんと見ててくれていた。


修がみんなに好かれるのは、ただ優しくて人当たりがいいからってだけじゃない。修が誰よりもみんなのことを考えてくれるから。
だから、みんなが修を好きなんだ。

自分のものにならなくたっていい。
だけど、修が他の女の子の‥‥みちるのものになってしまうのはどうしても嫌だった。

告白する勇気もないくせに、子供じみた独占欲で邪魔をした。
五條の言う通り、自分は嫌な女だった。
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