スワロウテイル
なぜ、五条にこんな話をしようと思ったのだろう。
自分でもよくわからない。だけど、気がついたときには沙耶は話し出していた。

「ねぇ、五條。神社の裏道の話って聞いたことある?」

「知ってるよ。珍しい蝶を見つけるといいことがあるんでしょ? 面白そうだから俺も探しに行ったけど、会えなかったよ」

五條のもついい加減な情報を沙耶は笑って否定した。

「あんたクールぶってるけど、意外とミーハーねぇ。それにね、いいこととは限らないの。本人次第で、悪い方に廻り始める場合もあるんだって」

「廻り始めるって?」

五條は首を傾げた。

「運命。 裏道の蝶を見た者は運命が大きく廻り出すって言われてるの」

「へぇ。ロマンチックだね。けど、この町なら本当にありえそうな話だ。余所者の俺の目から見ると、町全体がどこか神秘的だもん」

「‥‥私ね、ずっとこの話を馬鹿にしてたの。 田舎にありがちな古い迷信をありがたがってるだけだって。
そもそも、自分の運命を蝶なんかに託す他力本願な根性が気に入らなかった」

「そう思える強い人間には確かに要らないかもね」

五條はクスリと笑って言った。
五条の言うように、沙耶は裏道の蝶なんて信じているのは弱い人間で自分は絶対に違うと思っていた。
もっと強い人間だと信じていた。


沙耶はそこで、天井を仰ぎふぅと大きく息を吐いた。

「初めて、そういう話を信じたくなる気持ちがちょっとわかった。
自分を変えるのって、ものすごいパワーがいることなんだね。
なんでもいいから、きっかけを掴みたいって気持ち‥‥今はよくわかる」

「じゃあさ、探しにいってみれば?」

「えっ⁉︎」

五條の綺麗な黒い瞳が子供のような無邪気さを秘めて、沙耶を見つめる。

「いくらど田舎でも‥‥さすがに都市伝説みたいなもので、実際にはいないよ」

「そうかな⁉︎ 神様とかも信じる人間しか救わないじゃない。 あれと一緒で、必要としてる人の前には現れるかもよ」

信じるものは救われるってやつか。
なるほど。それは一理あるかもしれない。もしかしたら、今の沙耶なら裏道の蝶に会えるかもしれない。


ふと、沙耶は隣の五條を見た。


‥‥そんな風に言った五條自身は神様を信じているのだろうか。
全く信じていないようにも、誰よりも渇望しているようにも見える。

優等生で大人っぽくて、実際に頭もいいんだろうと思う。
だけど五條はどこか危うげだ。
ピースがひとつ外れたら、バラバラと音をたてて崩れ落ちていってしまいそうな‥‥そんなギリギリのバランスで均衡を保っているように見えた。
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