スワロウテイル
母親の車で自宅に戻ってくるやいなや、沙耶は泥のように眠った。
目が覚めたとき、部屋の置き時計は午後三時を示していた。
今日は金曜日でもちろん学校があったけど、両親もさすがに「休んでいい」と言ってくれていたのでアラームをセットすることもなく自然に目覚めるに任せていた。
昼夜逆転の睡眠だったにもかかわらず、頭はすっきりと冴えていた。
沙耶は熱いシャワーを浴びて着替えを済ませると、リビングをのぞいた。
リビングでは陸がテレビゲームに夢中になっていた。
「陸ー。お母さんは?」
「ん〜夕飯の買い出しだって」
陸はテレビ画面から目を離さず背中で返事をする。
「そう。 お姉ちゃんちょっと出かけてくる。夕飯までには戻るから」
「はーい」
沙耶は家を出ると、まっすぐに目的地に向かって足を進めた。
緊張と興奮が入り混じって、胸がドキドキと高鳴った。足取りも自然と速くなっていく。
実は神社の裏道へと続くあぜ道は緩やかな坂になっている。見た目にはあまりわからないけど、実際に歩くと結構苦しい。
うち捨てられたような鳥居を視界の端にとらえた時には、沙耶ははぁはぁと息を弾ませ、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「うわぁ‥‥」
思わずそんな声を漏らしてしまうほど、神社の裏道は相変わらずのひどい有様だった。
古い週刊誌や最近では見かけなくなった商品名の空き缶やペットボトルがあちこちに転がっている。
「こんなに汚くして、バチがあたったりしないのかな?」
ひとりつぶやくと、伸び放題の雑草を避けるように大きく足を踏み出して鳥居をくぐった。
「あっーー」
拍子抜けするほどにあっさりと、探していたものを見つけた。
鳥居からお社へと続く細い路の奥に一匹の蝶が浮かんでいる。
姿形は確かに蝶だけど、ありえないほど大きい。 まるで鳥だ。
沙耶はごくりと息を飲んだ。
魅入られたように、目を離すことができなかった。
血のように赤い‥‥と聞いたことがあるけれど、まさにその通りだった。
怖いくらいの深い紅色の羽根。
その羽根でバサッと音をたてて、蝶は空へと高く、高く、舞い上がった。
沙耶は慌てて、追いかけようと走り出す。
その瞬間、ぐにゃりと足元が歪んで視界が反転した。
ーーわっ、落ちる。
奈落の底まで落ちていくような不思議な感覚だった。
恐怖のあまり、ぎゅっと強く目を閉じる。
どのくらい落下したのだろうか。
ふいに下から強い風が吹きあげてきて、身体がふわりと宙に浮いた。
沙耶はそっと目を開けると、ペタペタと自分の身体を触ってどこにも異常がないことを確認する。
「‥‥よかった、生きてた」
底冷えするようなひんやりと冷たい空気が肌を刺す。この感覚には覚えがある。
霧里町の冬の朝の‥‥あの感じだ。
沙耶はゆっくりと周りを見渡してみた。
「うそ‥‥」
それだけ言葉にするのが精一杯だった。
あまりにも予想外の場所にいたから。
せっかく裏道の蝶に出会えたのだから、せめてもう少し夢のあるところへ連れていってもらえるものかと思っていたのに‥‥。
目が覚めたとき、部屋の置き時計は午後三時を示していた。
今日は金曜日でもちろん学校があったけど、両親もさすがに「休んでいい」と言ってくれていたのでアラームをセットすることもなく自然に目覚めるに任せていた。
昼夜逆転の睡眠だったにもかかわらず、頭はすっきりと冴えていた。
沙耶は熱いシャワーを浴びて着替えを済ませると、リビングをのぞいた。
リビングでは陸がテレビゲームに夢中になっていた。
「陸ー。お母さんは?」
「ん〜夕飯の買い出しだって」
陸はテレビ画面から目を離さず背中で返事をする。
「そう。 お姉ちゃんちょっと出かけてくる。夕飯までには戻るから」
「はーい」
沙耶は家を出ると、まっすぐに目的地に向かって足を進めた。
緊張と興奮が入り混じって、胸がドキドキと高鳴った。足取りも自然と速くなっていく。
実は神社の裏道へと続くあぜ道は緩やかな坂になっている。見た目にはあまりわからないけど、実際に歩くと結構苦しい。
うち捨てられたような鳥居を視界の端にとらえた時には、沙耶ははぁはぁと息を弾ませ、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「うわぁ‥‥」
思わずそんな声を漏らしてしまうほど、神社の裏道は相変わらずのひどい有様だった。
古い週刊誌や最近では見かけなくなった商品名の空き缶やペットボトルがあちこちに転がっている。
「こんなに汚くして、バチがあたったりしないのかな?」
ひとりつぶやくと、伸び放題の雑草を避けるように大きく足を踏み出して鳥居をくぐった。
「あっーー」
拍子抜けするほどにあっさりと、探していたものを見つけた。
鳥居からお社へと続く細い路の奥に一匹の蝶が浮かんでいる。
姿形は確かに蝶だけど、ありえないほど大きい。 まるで鳥だ。
沙耶はごくりと息を飲んだ。
魅入られたように、目を離すことができなかった。
血のように赤い‥‥と聞いたことがあるけれど、まさにその通りだった。
怖いくらいの深い紅色の羽根。
その羽根でバサッと音をたてて、蝶は空へと高く、高く、舞い上がった。
沙耶は慌てて、追いかけようと走り出す。
その瞬間、ぐにゃりと足元が歪んで視界が反転した。
ーーわっ、落ちる。
奈落の底まで落ちていくような不思議な感覚だった。
恐怖のあまり、ぎゅっと強く目を閉じる。
どのくらい落下したのだろうか。
ふいに下から強い風が吹きあげてきて、身体がふわりと宙に浮いた。
沙耶はそっと目を開けると、ペタペタと自分の身体を触ってどこにも異常がないことを確認する。
「‥‥よかった、生きてた」
底冷えするようなひんやりと冷たい空気が肌を刺す。この感覚には覚えがある。
霧里町の冬の朝の‥‥あの感じだ。
沙耶はゆっくりと周りを見渡してみた。
「うそ‥‥」
それだけ言葉にするのが精一杯だった。
あまりにも予想外の場所にいたから。
せっかく裏道の蝶に出会えたのだから、せめてもう少し夢のあるところへ連れていってもらえるものかと思っていたのに‥‥。