スワロウテイル
沙耶のいる場所はいつもの体育館だった。見慣れた制服を着た生徒達の群れがざわざわと無秩序にうごめいている。
全校集会かなにかだろうか。
向こうからはこちらの姿は見えていないようだ。
沙耶だけが透明人間となってその場に放り込まれたような状態だった。
目の前では女の子数人のグループが楽しそうにおしゃべりに興じている。
全員が手には円形の筒を持っている。
__そうか、卒業式。どうりで寒いはずだ。いつの卒業式だろう。
昨年度のか、それともずっと未来のか?
沙耶はふと、目の前でおしゃべりしている少女達がよく知った顔をしていることに気がついた。
__あれ? 絢香と梨香子だ。顔が見えないけど、あのお団子ヘアはなっちゃん⁉︎
そしたら、その隣にいるのは‥‥
沙耶に背を向けていた少女がふいにこちらを振り返った。
「‥‥やっぱり!私だ」
振り返ったその子は、間違いなく自分自身だった。
だけど‥‥沙耶だけど沙耶じゃない。
目の前で大口を開けて大笑いしている少女はカラコンもつけ睫毛もつけていなかった。ナチュラルすぎる薄化粧。
ーーわかってはいたけど‥‥やっぱり私って顔の造形そのものはイマイチだなぁ。
不思議な現象の只中にあって、唐突につきつけられた現実に沙耶は心底がっかりした。と同時に、なんだか笑えてきた。
裏道の蝶が沙耶に見せてくれた幻は、おそらくほんの少し先の未来。
数ヵ月後にはやってくる沙耶達自身の卒業式。
「これなら、わざわざ見せてもらわなくても‥‥」
思わずそう言いたくなるくらい、驚きも夢もない未来の自分の姿だった。
呆然と見つめていると、ふいに霞がかかったにように視界がぼやけ始めた。
白いもやはあっという間に一面に広がり、何も見えなくなる。
パチパチパと瞬きをすると、次の瞬間には元いた場所に戻ってきていた。
シンと静まり返った神社の裏道。
蒸し暑さを感じるほどの生暖かい風が頬を撫でる。
「ーーあははっ。こんな微妙なのもありなの⁉︎」
沙耶はひとりでお腹を抱えて笑ってしまった。
馬鹿みたい、期待して損しちゃった。
そう思う一方で、不思議と清々しいような晴々したような気持ちにもなる。
理由はわかっている。未来の自分が心の底から楽しそうに笑っていたから。
引きつった愛想笑いじゃなくて、正真正銘の笑顔。
女子力は半減したようにも思えるけど‥‥
「うん。あれはあれで、悪くないかもね」
沙耶は姿は見えないけど、きっとどこかにいるのであろう裏道の蝶を探して空を仰ぐと、「ありがとう」と小さくつぶやいた。
そしてくるりと踵を返すと、いつもより少しだけ姿勢良く歩き出した。
ーーさぁ、どうしよう?
運命は廻り出してしまった。もう止められない。
それは沙耶の望む未来へと走ってくれるだろうか。
わからない。 何もわからないけど、不思議と恐れはなかった。
沙耶は今、分岐点に立っている。 目の前には無数の道が広がっていて、そのどれもがキラキラと輝く可能性という名の原石を隠している。
そんな気がした。
全校集会かなにかだろうか。
向こうからはこちらの姿は見えていないようだ。
沙耶だけが透明人間となってその場に放り込まれたような状態だった。
目の前では女の子数人のグループが楽しそうにおしゃべりに興じている。
全員が手には円形の筒を持っている。
__そうか、卒業式。どうりで寒いはずだ。いつの卒業式だろう。
昨年度のか、それともずっと未来のか?
沙耶はふと、目の前でおしゃべりしている少女達がよく知った顔をしていることに気がついた。
__あれ? 絢香と梨香子だ。顔が見えないけど、あのお団子ヘアはなっちゃん⁉︎
そしたら、その隣にいるのは‥‥
沙耶に背を向けていた少女がふいにこちらを振り返った。
「‥‥やっぱり!私だ」
振り返ったその子は、間違いなく自分自身だった。
だけど‥‥沙耶だけど沙耶じゃない。
目の前で大口を開けて大笑いしている少女はカラコンもつけ睫毛もつけていなかった。ナチュラルすぎる薄化粧。
ーーわかってはいたけど‥‥やっぱり私って顔の造形そのものはイマイチだなぁ。
不思議な現象の只中にあって、唐突につきつけられた現実に沙耶は心底がっかりした。と同時に、なんだか笑えてきた。
裏道の蝶が沙耶に見せてくれた幻は、おそらくほんの少し先の未来。
数ヵ月後にはやってくる沙耶達自身の卒業式。
「これなら、わざわざ見せてもらわなくても‥‥」
思わずそう言いたくなるくらい、驚きも夢もない未来の自分の姿だった。
呆然と見つめていると、ふいに霞がかかったにように視界がぼやけ始めた。
白いもやはあっという間に一面に広がり、何も見えなくなる。
パチパチパと瞬きをすると、次の瞬間には元いた場所に戻ってきていた。
シンと静まり返った神社の裏道。
蒸し暑さを感じるほどの生暖かい風が頬を撫でる。
「ーーあははっ。こんな微妙なのもありなの⁉︎」
沙耶はひとりでお腹を抱えて笑ってしまった。
馬鹿みたい、期待して損しちゃった。
そう思う一方で、不思議と清々しいような晴々したような気持ちにもなる。
理由はわかっている。未来の自分が心の底から楽しそうに笑っていたから。
引きつった愛想笑いじゃなくて、正真正銘の笑顔。
女子力は半減したようにも思えるけど‥‥
「うん。あれはあれで、悪くないかもね」
沙耶は姿は見えないけど、きっとどこかにいるのであろう裏道の蝶を探して空を仰ぐと、「ありがとう」と小さくつぶやいた。
そしてくるりと踵を返すと、いつもより少しだけ姿勢良く歩き出した。
ーーさぁ、どうしよう?
運命は廻り出してしまった。もう止められない。
それは沙耶の望む未来へと走ってくれるだろうか。
わからない。 何もわからないけど、不思議と恐れはなかった。
沙耶は今、分岐点に立っている。 目の前には無数の道が広がっていて、そのどれもがキラキラと輝く可能性という名の原石を隠している。
そんな気がした。