スワロウテイル
月曜日の朝。
まっさらな白い陽射しが沙耶の素肌を照らす。本当に久しぶりに、つけ睫毛もカラコンもつけずに外へ出た。
ただそれだけなのに、見慣れはずの景色がいつもと違って見える。
夏が近づき一段と青さを増した山々、澄んだ青空に向かってまっすぐに伸びた稲が寄せては返す波のように揺れていた。
アスファルトの一本道に引かれた白線はどこまでもどこまでも続いている。
土の匂い、熱をはらんだ風、雀の鳴き声、遠くの川のせせらぎの音。
この町はこんなにも豊かな色彩に、音に、匂いに、満ちていたのか。
何もない。つまらない。
そういうフィルターをかけていたのは、沙耶の心だったんだ。
沙耶は新鮮な驚きと感動をもって、新しい世界を見つめた。
沙耶は制服の胸ポケットからスマホを取り出して、メール画面を開く。
【明日、朝練の前に少し時間あるかな?
修に聞いてほしいことがあるんだ】
【いいよ! 練習始まる30分前でいい?
部室の前で待ってる】
【ありがと! また明日ね】
【おう! おやすみ】
昨夜交わしたメールのやり取り。
今さらだってことは、沙耶にもわかっている。 修の答えはもう聞いてしまったようなものなのだから。
もしかしたら、自分勝手なエゴなのかもしれない。
だけど‥‥修が知っていてくれた本当の自分で、気が強くて負けず嫌いでしっかり者の沙耶に戻って。いつも頭の片隅にあった建前とか打算とかそんなのは全部捨てて、自分の言葉で修に伝えたかった。
楽しかった瞬間、ドキドキした瞬間、
修にもらって嬉しかった言葉。
修の好きなところ。
どんな風に修を想っていたか。
この恋はきっと叶うことはない。
だけど、この気持ちだけはどうしても届けたい。
ふと足元に柔らかな温もりを感じて、沙耶は視線を落とした。
「ヨネ!?」
千草ばあちゃんの家から飛び出してきたのか、ヨネが足首のあたりにじゃれついている。 主が無事に帰宅したことが嬉しいのか、穏やかで幸せそうな顔をしていた。
沙耶はかがみこんで、ヨネの喉を撫でてやった。
「千草ばあちゃん元気になって良かったね」
「ヨネ〜。どこ行った〜?」
背中ごしに飛んできた呼び声にヨネがぴくりと耳を動かした。千草ばあちゃんちの勝手口からヨネのごはんを持った五條が出てくるてころだった。
まだ朝早いこともあって、五條はTシャツにジャージ姿で寝癖なのか後頭部の髪がピョンとはねていた。
「あれ、長洲? 早いね」
「今日朝練あるから」
「へぇ、お疲れさま。 ‥‥なんか、今日顔違くない?」
歩いてきた五條はヨネの前にごはんを置くと、まじまじと沙耶の顔を覗き込んだ。
「はっきり言っていいわよ。ブサイクだって言いたいんでしょ⁉︎」
「‥‥ひねくれてんなぁ。そんなこと、思ってないって」
五條はむっとしたように眉間に皺をよせると、はぁとため息をついた。
何と言われようとも、五條にだけは素直になんてなれないと沙耶は思った。
「私、急ぐからもう行くね」
「ん、行ってらっしゃい」
五條は欠伸をしながら、ヒラヒラと沙耶に手を振った。
歩き出した沙耶の背中に向かって、五條が大きな声で叫んだ。続いて、ヨネの声も。
「長洲〜。俺はいつもより今日の長洲の方が可愛いと思った! 嘘じゃないよっ」
「ンニャ〜〜」
五條の言葉の真意ははかりかねるけど、ヨネの鳴き声は沙耶を応援してくれているように感じた。
沙耶は身体ごとくるりと振り返ると、両手で大きく手を振った。
「行ってきます!!」
まっさらな白い陽射しが沙耶の素肌を照らす。本当に久しぶりに、つけ睫毛もカラコンもつけずに外へ出た。
ただそれだけなのに、見慣れはずの景色がいつもと違って見える。
夏が近づき一段と青さを増した山々、澄んだ青空に向かってまっすぐに伸びた稲が寄せては返す波のように揺れていた。
アスファルトの一本道に引かれた白線はどこまでもどこまでも続いている。
土の匂い、熱をはらんだ風、雀の鳴き声、遠くの川のせせらぎの音。
この町はこんなにも豊かな色彩に、音に、匂いに、満ちていたのか。
何もない。つまらない。
そういうフィルターをかけていたのは、沙耶の心だったんだ。
沙耶は新鮮な驚きと感動をもって、新しい世界を見つめた。
沙耶は制服の胸ポケットからスマホを取り出して、メール画面を開く。
【明日、朝練の前に少し時間あるかな?
修に聞いてほしいことがあるんだ】
【いいよ! 練習始まる30分前でいい?
部室の前で待ってる】
【ありがと! また明日ね】
【おう! おやすみ】
昨夜交わしたメールのやり取り。
今さらだってことは、沙耶にもわかっている。 修の答えはもう聞いてしまったようなものなのだから。
もしかしたら、自分勝手なエゴなのかもしれない。
だけど‥‥修が知っていてくれた本当の自分で、気が強くて負けず嫌いでしっかり者の沙耶に戻って。いつも頭の片隅にあった建前とか打算とかそんなのは全部捨てて、自分の言葉で修に伝えたかった。
楽しかった瞬間、ドキドキした瞬間、
修にもらって嬉しかった言葉。
修の好きなところ。
どんな風に修を想っていたか。
この恋はきっと叶うことはない。
だけど、この気持ちだけはどうしても届けたい。
ふと足元に柔らかな温もりを感じて、沙耶は視線を落とした。
「ヨネ!?」
千草ばあちゃんの家から飛び出してきたのか、ヨネが足首のあたりにじゃれついている。 主が無事に帰宅したことが嬉しいのか、穏やかで幸せそうな顔をしていた。
沙耶はかがみこんで、ヨネの喉を撫でてやった。
「千草ばあちゃん元気になって良かったね」
「ヨネ〜。どこ行った〜?」
背中ごしに飛んできた呼び声にヨネがぴくりと耳を動かした。千草ばあちゃんちの勝手口からヨネのごはんを持った五條が出てくるてころだった。
まだ朝早いこともあって、五條はTシャツにジャージ姿で寝癖なのか後頭部の髪がピョンとはねていた。
「あれ、長洲? 早いね」
「今日朝練あるから」
「へぇ、お疲れさま。 ‥‥なんか、今日顔違くない?」
歩いてきた五條はヨネの前にごはんを置くと、まじまじと沙耶の顔を覗き込んだ。
「はっきり言っていいわよ。ブサイクだって言いたいんでしょ⁉︎」
「‥‥ひねくれてんなぁ。そんなこと、思ってないって」
五條はむっとしたように眉間に皺をよせると、はぁとため息をついた。
何と言われようとも、五條にだけは素直になんてなれないと沙耶は思った。
「私、急ぐからもう行くね」
「ん、行ってらっしゃい」
五條は欠伸をしながら、ヒラヒラと沙耶に手を振った。
歩き出した沙耶の背中に向かって、五條が大きな声で叫んだ。続いて、ヨネの声も。
「長洲〜。俺はいつもより今日の長洲の方が可愛いと思った! 嘘じゃないよっ」
「ンニャ〜〜」
五條の言葉の真意ははかりかねるけど、ヨネの鳴き声は沙耶を応援してくれているように感じた。
沙耶は身体ごとくるりと振り返ると、両手で大きく手を振った。
「行ってきます!!」