スワロウテイル
体育館の女子更衣室で制服からジャージへと着替えていると、志保ちゃんが笑顔で話しかけてきた。

「沙耶先輩、なにかいいことあったんですか? なんか嬉しそう」

沙耶は少し考えてから、正直に答えた。

「全然。 ついさっき、失恋したばっかり」

「えっ。え〜〜⁉︎ 沙耶先輩、好きな人いたんですか!? 私も知ってる人ですか?」

興味津々で追求してくる志保ちゃんをあしらいながら、沙耶は思い出していた。


照れながらも、目を逸らすことなく話を聞いてくれた修のまっすぐな眼差し。
柔らかな髪が陽の光に透けてキラキラと輝いていた。


『俺、告白とかされたの初めてだ。すっげー嬉しい。こんな嬉しいもんなんだな。……けど、誰に言われても嬉しいわけじゃないと思う。ずっと一緒に部活頑張ってきた長洲だから、だから嬉しいんだと思う』

そう言って、とびきりの笑顔をくれた。
早朝の爽やかな風がふたりの間をさぁーと走り抜けていく。

目に映る全てのものを、耳に入った全ての音を、夏の始まりのにおいも、肌に触れる空気の感触までも、全てを覚えておきたい。決して、忘れてしまいたくない。

沙耶はそう強く願った。


__あぁ。この瞬間を切り取って、鍵をかけて宝箱にしまっておけたらいいのに……。


そうしたら、きっと自分は何年経っても時々はそっとこの宝箱を開けるだろう。
大人になってもおばあちゃんになっても、何度も何度も、この笑顔に会いに行くだろう。


もしもこの先、修がみちると付き合うことになったとしても。沙耶の知らないどこかの誰かと幸せになる日がきたとしても。


今この瞬間の修の笑顔は、沙耶だけに贈られた最高の贈り物だ。他の誰も決して知ることは出来ない。


『ねぇ、修?』

沙耶は悪戯っぽい笑顔で、修の顔を覗き込んだ。

『振られるってわかってて告白するのって結構勇気がいるんだよ』

『えっ。あぁ、そうだよね』

修は真顔で頷いた。こういうとき、無神経にごめんとか言わないところが修のかっこいいところだ。
沙耶はにっこり笑って、言葉を続けた。

『だからさ、頑張った私にご褒美ちょうだい?……インターハイなんて贅沢は言わないから、県大会!
絶対に連れて行ってよね!!』

『いや、そこはインターハイにしとこうよっ』

修はくしゃりと笑った。そして、自分自身に言い聞かせるように力強い声で言った。

『うん。絶対、行こうな』



「も~沙耶先輩。いい加減教えてくださいよ~。気になって練習できないです~」

そう言って沙耶の肩を揺さぶる志保ちゃん。沙耶はその志保ちゃんの手を取り、ぎゅっと握り締めて言った。

「志保ちゃん。絶対、県大会行くからね」

「えっ。それはもちろんですけど、今はその話じゃなくて~」

「いいから。ほらっ、朝練行くよー」

沙耶は笑顔で更衣室の扉を開けた。
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