スワロウテイル
田舎の一軒家というのは、どこも大抵大きいものだ。土地が安いのだから当たり前といえば当たり前だけど‥‥。
家族の人数以上に部屋数があって、年に数回しか出番のない親戚一同が集まれるだだっ広い客間があったりする。
駐車場はゆうに3台分のスペースが確保されているのが普通だ。
そんな田舎において、みちるの自宅は驚くほど小さかった。そして、古いというより安っぽいという言葉がしっくりくる。要するに、貧しい家庭なのだと誰が見てもわかるその家がみちるの生家だった。
たてつけの悪くなっている玄関の引戸は開け閉めする度にガタガタと音をたてる。
みちるはただいまも言わずに家に上がると、足音を立てないようにそっと居間を通り過ぎようとした。
が、今日はついていなかった。
我が物顔でテレビの前に座りこんでいる赤ら顔の男がみちるに目をとめた。
まだ40になるかならないかの歳の筈だが、だらしないその姿は男を実年齢よりずっと老けて見せる
「おぉ〜みちるちゃん。おかえり!」
離れていてもはっきりわかるアルコールの匂いにみちるは顔をしかめた。
男を無視するように顔を背けたが、男は一向に意に介さない。
ふらふらと覚束ない足取りでみちるに近づき、細い腕を取った。
「‥‥みちるちゃんさぁ‥‥金持ってない?ほんのちょっとでいいから貸してくんない?」
「持ってない」
みちるは固い表情で吐き捨てるように言った。
「ふぅ〜ん。こんなに美人なんだからさぁ、ちょっとアルバイトでもすれば大金稼げるのにねぇ。 紹介しようか?」
下卑た笑い顔に背筋がぞっとして身体がこわばる。
ねっとりと絡みつくような視線が不愉快でたまらなくて、みちるは素早く手を振り払った。
「いらない。話しかけないでよ」
それだけ言って、逃げるように奥の部屋へと駆け込んだ。
「はぁ〜〜」
大きな溜息とともに、茶色く色褪せた畳にぺたりと両手をついて座りこんだ。
今すぐ触られた腕を洗い流したい気分だった。
‥‥今回の男も下の下だな。どうして、あんなに男の趣味が悪いのだろう。理解に苦しむ。
母親の連れてくる男は毎度毎度、呆れるほどにひどい男ばかりだ。
ホストなんてきちんと働いているだけ全然良い方だ。
無職、アル中、ギャンブル狂い‥‥他にも色々いたけど、思い出したくもない。
そろそろ暴力男にあたってもおかしくない頃だ。そうなる前にこの家を出なければ‥‥。
みちるは気をとり直して、雨に濡れてしまった制服を脱いで部屋着に着替えた。
勉強机に座り、英語の教科書を開く。
しっかり勉強して東京の大学に行く。
この家から逃れるには、それしか道はなかった。
家族の人数以上に部屋数があって、年に数回しか出番のない親戚一同が集まれるだだっ広い客間があったりする。
駐車場はゆうに3台分のスペースが確保されているのが普通だ。
そんな田舎において、みちるの自宅は驚くほど小さかった。そして、古いというより安っぽいという言葉がしっくりくる。要するに、貧しい家庭なのだと誰が見てもわかるその家がみちるの生家だった。
たてつけの悪くなっている玄関の引戸は開け閉めする度にガタガタと音をたてる。
みちるはただいまも言わずに家に上がると、足音を立てないようにそっと居間を通り過ぎようとした。
が、今日はついていなかった。
我が物顔でテレビの前に座りこんでいる赤ら顔の男がみちるに目をとめた。
まだ40になるかならないかの歳の筈だが、だらしないその姿は男を実年齢よりずっと老けて見せる
「おぉ〜みちるちゃん。おかえり!」
離れていてもはっきりわかるアルコールの匂いにみちるは顔をしかめた。
男を無視するように顔を背けたが、男は一向に意に介さない。
ふらふらと覚束ない足取りでみちるに近づき、細い腕を取った。
「‥‥みちるちゃんさぁ‥‥金持ってない?ほんのちょっとでいいから貸してくんない?」
「持ってない」
みちるは固い表情で吐き捨てるように言った。
「ふぅ〜ん。こんなに美人なんだからさぁ、ちょっとアルバイトでもすれば大金稼げるのにねぇ。 紹介しようか?」
下卑た笑い顔に背筋がぞっとして身体がこわばる。
ねっとりと絡みつくような視線が不愉快でたまらなくて、みちるは素早く手を振り払った。
「いらない。話しかけないでよ」
それだけ言って、逃げるように奥の部屋へと駆け込んだ。
「はぁ〜〜」
大きな溜息とともに、茶色く色褪せた畳にぺたりと両手をついて座りこんだ。
今すぐ触られた腕を洗い流したい気分だった。
‥‥今回の男も下の下だな。どうして、あんなに男の趣味が悪いのだろう。理解に苦しむ。
母親の連れてくる男は毎度毎度、呆れるほどにひどい男ばかりだ。
ホストなんてきちんと働いているだけ全然良い方だ。
無職、アル中、ギャンブル狂い‥‥他にも色々いたけど、思い出したくもない。
そろそろ暴力男にあたってもおかしくない頃だ。そうなる前にこの家を出なければ‥‥。
みちるは気をとり直して、雨に濡れてしまった制服を脱いで部屋着に着替えた。
勉強机に座り、英語の教科書を開く。
しっかり勉強して東京の大学に行く。
この家から逃れるには、それしか道はなかった。