スワロウテイル
長文問題を解くことに随分と集中していたらしい。ふと、時計を見上げると机に向かってから二時間近くが経過していた。

みちるは両手を上にあげ、ぐぅーと背中を伸ばす。少し休憩しようかとスマホを手に取ると、メール受信を知らせるマークが表示されていた。

【みちるちゃんへ。いよいよ三年生になりましたね。進路のこと考えていますか? 希望の大学は決まりましたか?
なにか困ったことがあったら、遠慮せずに相談すること! 佳子】

みちるはメールを読みながら、思わずこくこくと頷いた。佳子先生‥‥修の母親はみちるがこの世で一番信頼している大人だった。昔からずっとみちるを気にかけ、なにかと相談に乗ってくれている。

みちるは少し考えてから、返信画面に文字を打ち込んだ。

【佳子先生へ。 いつも心配してくれてありがとう。 やっぱり東京の大学に進みたいなと思っています。学部はまだ迷ってるけど、経済学部が第一志望かな。
できれば国立大学にいきたいけど、成績が少し足りないかも! 頑張るね みちる】

本当は東京の大学であれば学部はどこだって構わないと思っているのだけど、心配させたくないのできちんと考えている振りをしてしまった。

佳子先生の優しい笑顔を曇らせるようなことはしたくない。
その一心だけで、お世辞にも恵まれているとはいえない家庭環境の中、みちるはグレることなく真面目に勉強を続けてきた。

子供の頃、修が羨ましくてたまらなかった。自分も佳子先生の子供だったらいいのに‥‥と何度考えたことだろう。

無口だけど優しく見守ってくれるようなお父さん、料理上手で世話好きなお母さん、元気で可愛い妹達。
物語に出てくる理想の家族そのもののような隣家に憧れて憧れて‥‥。
なんとかして自分もこの家の子供になれないだろうかと真剣に考えたこともあった。

少し大人になって、どう頑張っても相沢家の一員にはなれないと知ったときは絶望で目の前が真っ暗になったような気がした。

みちるには産まれた時から父親がいない。どんな人なのかも、生きているのか死んでいるのかも知らない。みちるがどんなにしつこく縋っても、ベロベロに酔っ払ってるときでも、母親はみちるの父親のことだけは口を割らなかった。
もしかしたら、母親自身も誰の子供なのかわかっていなかったのかもしれない。
父親はいないものとして、みちるは自分の気持ちに折り合いをつけた。
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