スワロウテイル
洗い物を終え、玲二は自室として使わせてもらっている6畳の和室に戻った。

梅雨明けを間近に控え、夜とはいえかなり蒸し暑い。つい最近まで、あんなに雪が積もっていたことがまるで嘘のようだな。玲二はそんなことを思いながら、外に面した大きな窓を開け放った。ふわりと流れ込んできた風はもう夏の匂いがした。

田舎の夜はどこまでも深い。多くの都会の人間が思うように、玲二も初めは暗く静かで寂しいだけだと思っていた。だけど、本当はそうではない。
主役が人間からそれ以外の生き物へと変わるだけなのだ。 虫の羽音、鳥の鳴き声、木々のざわめく音‥‥しっかりと耳を澄ませば存外に色々な音が聞こえてくる。

そして、何度見ても心を打たれるこの星空。星が降ってくるような‥‥という表現は決して大袈裟なものではなかったんだなと玲二は思う。東京の空のポタポタと絵の具を落としたような星空とは全く違う。この町で見る星はひとつひとつが光を放ち、文字通り瞬いているのだ。


静かな夜にこんな風に星空を眺めながら耳を澄ましてみようなんて、彼女に出会わなければきっと考えることもなかっただろう。

霧里町を、空も大地もそこに住む人も、全てが美しいこの町を彼女に見せたかった。


夏が終われば、秋が来る。

季節は駆け足で過ぎ去っていく。

彼女と初めて言葉を交わした秋の日のことを昨日のことのように思い出せる。
そして、忘れたくても忘れられない冬の日。


修が待っていてくれる。
中原さんと約束をした。

そろそろ、一年前の愚かな自分と向き合わなくてはならない。
玲二はふーと大きく息を吐くと、胸ポケットに入れてあるスマホを手に取った。

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