スワロウテイル
エピローグ
青々とした葉の隙間から降り注ぐ夏の陽射しは東京のそれより随分と穏やかで優しかった。
二年ぶりに再会した庭の柿の木は、もう鮮やかな緑色をした小さな実をつけ始めている。

霧里町の成人式は夏に開催される。玲二自身は出席する予定はないが、修に誘われて同じタイミングで久しぶりにこの町を訪れることにしたのだ。

相変わらずインターホンすらないので、玲二は玄関扉をドンドンと叩いた。
そこでふと、疑問を抱く。

‥‥なんて挨拶をしたらいいのだろう。
この家の子供ではないから、ただいまでもないだろうし。

こんにちはと、そう言うつもりだった。

だけど、パタパタと急ぎ足でやってきて扉を開けてくれた千草ばあちゃんの笑顔をみたらそんな考えはどこかに吹き飛んでしまった。

「‥‥ただいま。 ただいま、千草ばあちゃん」

「‥‥よくけぇったなぁ、玲二」

少し大人になった玲二を見て、千草ばあちゃんは眩しそうに目を細めた。
たった一年お世話になっただけだけど、この家は確かに玲二の帰る場所だった。
今となっては、「ただいま」と言える唯一の場所だった。

千草ばあちゃんは玲二が買ってきた安物の東京土産をこちらが申し訳なくなるくらいに喜んでくれた。
ヨネは少し太ったけど、変わらず元気だった。

よく修と将棋をした縁側に玲二は腰かける。目を閉じて、じっと耳を澄ます。
遠くからミーン、ミーンと蝉の鳴く声が聞こえてくる。古い木材と線香の混ざったような、この家特有のにおい。

全てが懐かしくて、心地よい。


「五條君っ」

自分を呼ぶ声にゆっくり目を開けると、少し離れたところに中原さんが立っていた。
しばらく会わない間に、彼女はますます綺麗になった。周囲の空気を一変させてしまうような圧倒的なオーラを放っている。
だけど、以前の彼女が纏っていたピンと張り詰めたような空気はすっかり消えていた。


「久しぶり。 びっくりした、修と一緒じゃなかったの⁉︎」

「さっきまで一緒だったけど、バスケ部の先生に挨拶にいくって学校に行ったよ。私はヒマだから、先に五條君と合流しようと思って来ちゃった」

「どうぞ、どうぞ。大歓迎」

玲二は中原さんににこりと微笑みかけると、隣に座るよう手招きした。

「五條君、大学どう?」

「まぁまぁ楽しくやってるよ。中原さんは? 東京行きたいっていってたのに、よかったの?」

あれほど東京に出たいと言っていた中原さんは結局、北関東のとある県にある国立大学に進学した。

「あははっ。 こないだ沙耶ちゃんが遊びに来てくれたんだけど、霧里町といい勝負の田舎だって笑われちゃった」

「まぁ、俺らのキャンパスも東京っていっても端っこの方だけどね」

「あれからさ、漠然と東京じゃなくてちゃんと何を勉強したいか考えてみたんだ。そしたら、今の大学が一番いいなって思ったの。

まぁ、アルバイトと奨学金でやり繰りしている身としては家賃の安さも魅力だったんだけどね」

しっかりと前を見据えた彼女の目には迷いがなかった。

「修とは遠距離になっちゃったね。
寂しくない?」

「もちろん寂しいよ。小さい頃からずっと一緒だったから。 ‥‥だけど、ううん。だから、私達は大丈夫なの!」

そう言って笑う彼女の顔は、凛として晴れやかだった。


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