スワロウテイル
「じゃあ、私は先に二次会の会場に向かっとく。 まだ時間あるし、ゆっくりしてきてね」
「ありがとう、沙耶。 また後で」
玲二の連れの女性はそう言って、あっさりと手を振ると店を出て行った。玲二も特に彼女に気を遣う素振りは見せなかった。
「久しぶりだね、つばき」
玲二は懐かしそうに目を細めた。
「本当ね。元気そうでよかった。今の子、彼女か‥‥もしかしたら奥さん?」
つばきの問いに玲二は苦笑して答える。
「いや、全然。 古い友達」
「そう。まだ独身? 」
「うん。つばきは結婚したんだね」
玲二はつばきの左手薬指に目をやりながら、言った。
「うん、二年前にお見合いでね」
「そっか。俺が言えたことじゃないけど、今幸せ?」
「う〜ん‥‥旦那はね、あんまり好みの顔じゃないの。ちょっと太り過ぎだしね。取り柄はお金持ちなところと‥‥」
つばきはそこまで言って、ふっと笑みをこぼした。
「世界中の誰よりも私を愛してくれるところかな。実は今ね、妊娠4ヶ月なの。
すごくすごく、幸せよ」
お腹にそっと手を当ててみる。まだ何も聴こえない。だけど、確かにここに小さな命が生きている。
「だけど、この季節がくるとやっぱり少し胸が痛くなるな。 玲二はどう?」
玲二はとても穏やかな顔で微笑む。
「‥‥俺は、春も夏も秋も冬も菜々子を思い出すよ。忘れることはないと思う。 だけど、これでいいんだ。 過去の自分も菜々子の想いも一緒に、生きていく」
つばきの傷が夫の大きな愛で少しずつ癒えていったように、玲二もまた再生していた。そしてあの頃より、強くしなやかになった。
時々は思い出す。 時々は後悔に苛まれて、胸が痛くなることもある。
忘れてしまうことは決して出来ない。
だけど、それでいいんだ。
何も間違えてはいない。
つばきは長年、胸の奥に溜まっていた澱がすぅと溶けて消えていくのを感じた。
「じゃあ、私はそろそろ行こうかな。元気でね、玲二」
「うん。身体を大切にして、元気な赤ちゃんを」
つばきは立ち上がり、玲二に背を向ける。一歩を踏み出そうとしたところで、もう一度振り返った。
「ねぇ、玲二。 さっきのあの子、彼女でも奥さんでもないかもしれないけど、玲二の好きな人‥‥でしょ⁉︎」
玲二は一瞬の間の後に、くしゃりと大きく笑った。
「さぁ、どうだろうね」
「誤魔化しても無駄よ。 顔を見ればわかるもん。クールぶってるけど、昔からわかりやすいんだから。
頑張ってね。絶対、幸せになってよ!」
言いながら、何故だか涙が出そうになった。
幸せになってね、玲二。
心の底からそう願うよ。
ねぇ、菅野さん。きっと貴女も同じ気持ちだよね。
つばきは穏やかで優しい冬の光に照らされた道を、大きく一歩踏み出した。
帰りに実家に寄って寒椿の花をお裾分けして貰おう。そして、お気に入りの花瓶にいれてリビングに飾るのだ。
かつて大好きだった彼の幸せを願ってーー。
END
「ありがとう、沙耶。 また後で」
玲二の連れの女性はそう言って、あっさりと手を振ると店を出て行った。玲二も特に彼女に気を遣う素振りは見せなかった。
「久しぶりだね、つばき」
玲二は懐かしそうに目を細めた。
「本当ね。元気そうでよかった。今の子、彼女か‥‥もしかしたら奥さん?」
つばきの問いに玲二は苦笑して答える。
「いや、全然。 古い友達」
「そう。まだ独身? 」
「うん。つばきは結婚したんだね」
玲二はつばきの左手薬指に目をやりながら、言った。
「うん、二年前にお見合いでね」
「そっか。俺が言えたことじゃないけど、今幸せ?」
「う〜ん‥‥旦那はね、あんまり好みの顔じゃないの。ちょっと太り過ぎだしね。取り柄はお金持ちなところと‥‥」
つばきはそこまで言って、ふっと笑みをこぼした。
「世界中の誰よりも私を愛してくれるところかな。実は今ね、妊娠4ヶ月なの。
すごくすごく、幸せよ」
お腹にそっと手を当ててみる。まだ何も聴こえない。だけど、確かにここに小さな命が生きている。
「だけど、この季節がくるとやっぱり少し胸が痛くなるな。 玲二はどう?」
玲二はとても穏やかな顔で微笑む。
「‥‥俺は、春も夏も秋も冬も菜々子を思い出すよ。忘れることはないと思う。 だけど、これでいいんだ。 過去の自分も菜々子の想いも一緒に、生きていく」
つばきの傷が夫の大きな愛で少しずつ癒えていったように、玲二もまた再生していた。そしてあの頃より、強くしなやかになった。
時々は思い出す。 時々は後悔に苛まれて、胸が痛くなることもある。
忘れてしまうことは決して出来ない。
だけど、それでいいんだ。
何も間違えてはいない。
つばきは長年、胸の奥に溜まっていた澱がすぅと溶けて消えていくのを感じた。
「じゃあ、私はそろそろ行こうかな。元気でね、玲二」
「うん。身体を大切にして、元気な赤ちゃんを」
つばきは立ち上がり、玲二に背を向ける。一歩を踏み出そうとしたところで、もう一度振り返った。
「ねぇ、玲二。 さっきのあの子、彼女でも奥さんでもないかもしれないけど、玲二の好きな人‥‥でしょ⁉︎」
玲二は一瞬の間の後に、くしゃりと大きく笑った。
「さぁ、どうだろうね」
「誤魔化しても無駄よ。 顔を見ればわかるもん。クールぶってるけど、昔からわかりやすいんだから。
頑張ってね。絶対、幸せになってよ!」
言いながら、何故だか涙が出そうになった。
幸せになってね、玲二。
心の底からそう願うよ。
ねぇ、菅野さん。きっと貴女も同じ気持ちだよね。
つばきは穏やかで優しい冬の光に照らされた道を、大きく一歩踏み出した。
帰りに実家に寄って寒椿の花をお裾分けして貰おう。そして、お気に入りの花瓶にいれてリビングに飾るのだ。
かつて大好きだった彼の幸せを願ってーー。
END