【短編】あいのうた
 恋人……そう、僕の愛しい奈々は。

 僕の心の中では『7』を担当しているから。

 円周率の『7』と巡り会うたびに。

 ゆるいウェーヴのかかった茶髪で、大きな目をした奈々が、振り返ってくれるみたいで。

 一緒に旅をするみたいで、嬉しかったんだ。

 奈々と一緒なら。

 飲まず食わずで、一昼夜以上を過ごす二十万桁の長旅も、そう悪くない。


 だけど。

 ……腹へったぁ。

 僕が、うーん、と伸びをしたとき。

 正直な腹が、鳴る音が聞こえた。


 ぐるぐるぎゅう~~


 盛大な音を立てて鳴く、腹の虫の声は、僕のではない。

 隣を見れば、井上教授が、真っ赤な顔をして腹を押さえていた。

 彼女もまた。

 僕にずっと付き合って、食事を取っていなかったから、相当、腹が減っているようだった。

 いつも冷静に、仕事をこなす井上教授が、自分の腹の虫の音を恥ずかしがっている姿は。

 なんだか、思いのほか、可愛い。

 僕は、笑って、教授に言った。

「良かったら、これから一緒に、食事でもしませんか?
 安くて美味しい、イタリアンを食わせてくれる店が、ここ……
 ……大学の研究室のすぐ近所にあるんです」


 
< 4 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop