不時着
週末に浮かれる駅前の繁華街が息苦しくて、いっそこのままどこかへ行ってしまいたいと小さく思った。そしてふと、駅の改札へと向けていた足を止めた。
そうだ、どこかへ行ってしまおう。
夜の海だとか、電車に乗って遠くへだとか、そんなセンチメンタルなものじゃなくてもいい。例えば小洒落たバーにでも行ってみよう。お酒はあまり強くはないけれど、全く飲めないわけでもないんだ。私だって一人の成人女性なのだから、雑誌で見たようなお洒落なバーで、綺麗な名前のカクテルを頼んで、上手くいかなかった飲み会の愚痴のひとつやふたつ、吐いたっていいじゃないか。
私だって、あの子たちみたいに、こんな週末を楽しんだっていいはずじゃないか。
くるりと踵を返して、色鮮やかなネオンの立ち並ぶ路地へと足を進めた。心の中で、そうだ、私だって、あの子たちと何も変わらないはずなんだからと、まるで誰かに必死に言い訳するように繰り返しながら、一歩ずつ、薄暗い路地を進んだ。
「カサハラさん」
突然後ろから声をかけられ、心臓がどきりと跳ねた。振り返ると、見覚えのある白いパーカーが目に飛び込んできた。彼だった。
「……あの、」
「あれ、カサハラさん?じゃないっけ?さっき一緒に飲んでたんだけど、覚えてない?」
「あ、いえ覚えてます。さっきはどうも」
軽く会釈をして、もう一度顔を上げると、彼も小さく「どーも」と言った。唇の端を僅かに吊り上げた独特な微笑み方に、なぜだか少しどきっとした。
「明日、早いんじゃなかったの?」
あぁ、聞かれていたのか。どうしよう、嘘をついたことがバレてしまった。嫌なやつだと思われたかもしれない。もしも彼があの子たちの誰かと連絡先を交換していたりしたら、このことを話されてしまったら。次に大学で顔を合わせたときに何か言われたらどうしよう。
どうにか誤魔化すことはできないだろうか。急に用事が入ったとか、誰かに呼出されてしまって仕方なくとか、何か適当に言い訳をして、とにかくこの場を去ってしまおう。
ついさっきまでは、私も堂々と週末の夜を楽しんでやろう、だなんて強気でいたくせに、ほんの些細なことですぐにいつもの私に戻ってしまう。平気で嘘をつくくせに、それがバレてしまうことを酷く恐れている。他人にどう思われているのかばかり気になって、いつも自分に自信がない。
私ってこうなんだ。本当にいやになる。
「アホくさくなって抜けてきちゃった、俺も」
「えっ」
「タダ酒だって言うから行ったけど、やっぱ慣れねぇわ、ああいうのは」
みんなだせぇスーツ着てドヤ顔でさ、笑えたよな。そう言って、彼は楽しそうに笑った。思っていたのとあまりに違う反応をされてしまって、私は何と返せばいいのかがわからなくなってしまった。
だけどその瞬間、心臓がふわりと軽くなったことだけは、はっきりとわかった。
「この先にいい店知ってるんだ、飲み直そうぜ」
「え、わたし?」
「明日早いなんて嘘なんだろ?いいじゃん、行こーよ」
「……嘘だけど、えっ、」
こっちこっち、と腕を引かれて、よくわからないまま強引に連れていかれた先は、青い仄明かりが綺麗な小さなバーだった。いい店だろ?と笑う彼の横顔は、なんだか自信に満ち溢れているように見えて、心臓がまた、どきりと跳ねた。