確かに恋だった。
彼には将来を誓いあった美しい女性がいた。
私とは違う艶やかな美しい漆黒の黒髪。
整った彼と同じ優しい顔立ち。
私を優しく撫でる綺麗に飾られた指先。
全部。
大嫌いだった。
私の愛した彼の一番だったから。



嫌な女なら良かった。
路地裏に転がる私を汚物を見るかのような目で見てきた人間達と同じようなら良かった。
私に石を投げつけ、無邪気に笑う幼子のように残酷ならば良かった。
私を捨てたあの人のようなら良かったのに。
女は美しかった。
姿だけでなく、心も。
清らかな全てをうつす泉のごとく。



女の澄んだ瞳にうつる私はひどく薄汚く見えた。
私は女が大嫌いだった。
けれど、彼の愛する美しい女神を愛せない自分自身はもっと嫌いだった。
彼は私を救い、愛してくれた。
死にかけた孤独な私の心に光を当ててくれた彼の幸せを祝福出来ない私自身が大嫌いだった。
安価なソファーに身を寄せあいながら、幸せそうに微笑む愛しい彼の姿を陰から見つめ私は静かに涙を流した。



これが悲しいという感情か。
けれど、祝福せねばならない。
彼は幸せなのだから。
私の愛する人があんなにも幸せそうに笑うのだから。
私は祝福せねばならないのだ。
私は彼を愛しているのだから。
彼は私の全てなのだから。



「彼女と結婚するんだ。」
柔らかな日だまりのような声で彼は私に言った。
頭を鈍器で殴られたかなような衝撃を受けた。
それでも、私は彼のために笑う。
彼の幸せを祝福する。
それが私の役目だ。
そうだ。
彼の幸せを私は心から願っていた。
それなのに。















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