確かに恋だった。
そうして、私は静かにその場を後にした。
きっと優しい彼女は彼の代わりに私を愛してくれるだろう。
彼と同じように私を撫でて、抱き締めてくれるだろう。
けれど、そんなもの私は望まない。
私の世界は彼だけだ。
それを上から塗りつぶすようなことは絶対にしたくなかった。
私の一番は彼だけなのだから。



優しく幸せな日々だった。
彼と出会えたことが私を救ってくれた。
彼と出会うために私は生まれてきたのかもしれない。
それでも、ふと思うのだ。
どうして、私は彼と同じではないのだろうと。
足を止め、私は今にも雨が降りそうな空を仰いだ。
もう傘を差し出してくれる人はいない。
私を抱き締めてくれる人はいない。



どうして、私には彼と同じ両手がないのだろう。
どうして、私は彼と言葉を紡ぐことが出来ないのだろう。
どうして、私は彼に愛の言葉を贈ることが出来ないのだろう。
どうして、私は人ではないのだろう。
どうして、私は彼を救えなかったのだろう。
私は人として彼と出会いたかった。
彼を心から愛していると伝えたかった。



ぽつぽつと冷たい雫が私の体を濡らす。
徐々に奪われていく体温に私ははじめて彼と出会った日のことを思い出した。
「可愛いお嬢さん。僕と一緒に来ませんか。」
嗚呼。
彼は私にとっての神様だった。
小さくか細い声で私は鳴いた。
ぼろぼろと溢れる涙が雨と交ざり合う。
意識が薄れてゆく。
ねぇ、愛しい人よ。



天国なんて信じていないけれど、また貴方に会いたい。
貴方にこの想いを伝えたい。
私は誰よりも貴方を愛してる。
貴方に出会えて本当に本当に幸せだった。
私も貴方に幸せを贈ることが出来ていたか聞きたいんだ。
薄れゆく意識のなかで最期に見えたのは大好きな人の大好きな笑顔だった。















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