笑って。僕の大好きなひと。

そういえば、空も暗くなってきてる……。

あわてて時刻を確かめようと、バッグからスマホを取り出す。そして、一瞬で血の気が引いた。

スマホの画面は黒く塗りつぶされたように、何の反応も示さなかったのだ。


「なんで……!?」


サイドのボタンを押したり、画面をタップしても、うんともすんとも言わない。

電池切れ? ううん、それはない。出かける前に充電をして、新幹線ではずっと電源を切っていたんだから。


「あ……」

もしかして、あのとき――。N駅のバス乗り場で、地面に投げつけたとき。あれで壊れてしまったの?


「嘘っ……嘘でしょっ」


否定してもどうにもならないと、わかっていながら否定してしまう。
外部とつながる術を失ったとたん、森は、急に不気味な存在へと姿を変えた。

わたしは無我夢中で走りだした。


「出口……!」


出口はどこ!? どこに行けばいいの!?

何度も木にぶつかりながら、必死で森の中を駆ける。恐怖で呼吸が浅くなり、酸素が体に回らない。

そうしている間にも、空はどんどん暗くなっていく。

遠くで狼の遠吠えのような声がした。まさか野犬? そんな考えが頭をよぎり、鳥肌がたつ。

風が徐々に強さを増し、ごうごうと音が渦巻いている。

こんなに走っているのに、どうして出口が見えてこないの? わたしは今、どっちを向いて走ってるの?


「――っ」

地面を覆う溶けかけの雪に、靴底がずるりと滑った。
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