いつもの場所
「朱美、本当にごめん。


本当にごめんなさい。」



「え?どうしたの急に。今日来れなかったこと?」



「いや違う…実は…」



朱美はハッとしたように全てを悟った気がした。そしてそれが的中した。



「俺が朱美の父さんの金を…本当に悪かった。」



と、人目をはばからずおいおいと子供のように泣きじゃくる彼に、「やっぱりか」と無念の気持ちと裏切られた気持ちが込み上げた。でも心から愛している彼を突き放すなんて出来るわけがなく朱美の頬にもそっと涙の粒が流れ落ちた。



「とにかくここを出ようよ。」



そう言って、なんの違和感もなく朱美が伝票を持ちレジへ向かった。



店を出て無言で車を走らせながらそろそろ2時間が経とうとしている。ゆっくり話せるだろうといつもの場所へ車を停めることにした。名古屋銀行が目に入ろうが初体験のゆうきのことを思い出さなかったのはこの日が初めてだろう。



「賢太郎さん、私もどうしていいかわからない。どうしよう…か。」



「本当に、本当に申し訳ないんだが…朱美が間違えて持っていってしまったってことにしてくれないか?



親子間のトラブルは事件にはならないはずなんだ!金は必ず返す!頼む、本当…頼む。すまない。」



思っても見ない提案に朱美は怒りさえ通り越し唖然とした。そして慌てて我に返りこう答えた。



「え?ちょっとまって、私に罪を被れってこと?」



「…いや、ん…違うんだ…でもそうゆうことになるのかも…ごめん。」



鼻からゆっくり息を吐き朱美は、



「分かったよ。」と一言。



朱美はひたすら謝る賢太郎のことがずっと頭を廻り、その晩はほとんど眠れなかった。

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