いつもの場所
そこは不倫関係が始まった昔の職場から贔屓にしている殺伐とした人気のない駐車場。距離にして車で3分程なのに逢い引きを目撃されたことは一度もない。



苦肉にも、その場所からみえる景色は初恋の相手の職場「名古屋銀行」がちらりと視界に入る。



曇った後部座席のガラスを少し擦り、銀行の窓をじっと見ていた。あのとき…



『君は俺の家業をつげないだろ?俺んち農家だぜ。』



そのメールを最後に音信不通になった彼、ゆうき。それなりに恋愛も経験してきた今ならその時のメールの真意が少しわかる気がする。



あれほどに憔悴し、毎晩泣きはらし、当たりどころのない怒りも何処へ。今では名字すらうろ覚え。



思い返せば口元が緩む。朱美にしては結果オーライ。他の男を知らなければゆうきが究極の早漏だということも知らぬままだったのか、なんて純情な心を踊らせてみる。でもそれが朱美のロストバージン。



隣には昨日離婚届を出したと言う賢太郎が、事も終わり満足気な顔で私の膝に頭をのせる。



明日からは賢太郎との初めての海外旅行。彼の元妻からの嫌がらせだって堂々と戦える!と根拠のない自信に満ちていた。目の前の不安がにじまないように。



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