いつもの場所
2. 貧しさ



降り立った空港は本当にキムチの臭いがするのだろうか。そんな期待を裏切るほど焦りを助長させる税関を潜り抜けた先には、遊園地についたばかりの5歳児のような無敵の感覚に包まれた。



ここには二人を見張るものはなにも無い。



「なんだ、賢太郎さんはもう離婚したじゃない。」と気付くも、逢い引きしていたころの感覚が抜けきらず、さらには今後何かを一生背負うのかと、ボーッと『welcome to Korea』の看板を見つめた。



「朱美、こっちだぞ!」



「は~い!」



と、勢いよく走りだした朱美は、まんまと磨きあげられた大きなガラスにぶつかる。唇には暖かく流れるものが。鼻血だった。着いて早々、武勇伝の尽きない旅になるのかと二人して笑った。



「不倫」という言葉が似合わないにも関わらず欲の赴くまま妻子のいる賢太郎に惹かれたのは、神からの試練か。



ひとしきり地元料理を堪能したのち一息ついたのはスタンダードホテルのベッドの上だった。



「旅行会社もスタンダードホテルだなんてうまいこと言うよね~」と、天井のカビを見つめ朱美がため息をついた。



「俺らにはちょうどいいホテルじゃないか」



そう、今後十何年も二人分の養育費、そして分割して支払う慰謝料が賢太郎の懐を貧しくさせた。



しかし、この旅の旅費をほとんど朱美が担おうが、決して朱美の心は貧しくなかった。



そっとスカートのなかに忍び寄る賢太郎の手は、妻子を捨て朱美に飛び込む程の潔さが全く活かされていない。親指ほどしかないそそりたつ欲望が、朱美を完全に満たすことはできない。だが巻かれるままに空には朝陽が昇った。
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