いつもの場所
本当のところ凛々子は少し嬉しさもあった。淳と居た頃は、自分だけが淳を想っていて「付き合ってもらっている」とばかり思っていたからだ。それがこの一件で、しっかり愛されていたことに気付いた。しかし、彼女の気持ちに元サヤなんてありえなかった。



窓の外は、小雨だった空も本格的な雨を降らせていた。



物干し竿の一件からまだ1時間少々しか経っていないのに、また凛々子は耳を疑った。



この土砂降りの雨音にも関わらず、歌声が聞こえてきたからだ。



曲名まではらさすがの雨音に消され分からなかったが、『誰』が歌っているかはすぐに分かった。



今度はゆっくりカーテンに身を隠して外を覗いた。



やはり淳だ。



持ってきている傘もささず、これ見よがしにずぶ濡れで熱唱していた。



ついさっきまでは、凛々子は淳に愛されていたことに気付き、『いい思い出』として残そうと思ったばかりだったのに。



10分程たっただろうか、また気付くと歌声も聞こえなくなっていた。



それからまた30分程は外を警戒していたが、さすがに乱雑に置かれた物干し竿を元の場所に戻さないわけにはいかなかった。



すかさず外に出て竿を直し、目についた郵便物をさっと手にとり、小走りで部屋に入っていった。




凛々子は早くルイに会いたい気持ちと、ルイにこんな光景を見られたらどうしようと思う気持ちが交差していた。
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