さよなら、もう一人のわたし
 わたしは千春の口を押さえたい気分になる。

 くだらないことを言うなという言葉が飛んできそうな気がしたためだ。

 男性はわたしを食い入るように見ると、首を縦に振る。そして、わたしに近寄ってきた。

 彼はわたしの手を掴む。突然のことに驚きながらも、彼の力が強かったのと、彼の視線があまりに真っ直ぐだったため振り払えないでいた。

「君の名前は?」

「平井京香です」

「君、女優になりたいんだよね。演技経験は?」

「学園祭でならあるよね。昨年主演していたし」


 わたしの代わりに答えたのは千春だった。

「どうしてあなたが知っているのよ? 転校してきたばかりなんだよね」

「下調べは必須でしょう?」

 彼女は何をどうやって、わたしのことを調べたのだろうか。

 人に聞いて回ったのだろうか。

「毎日練習しているのか発声はいいと思う。声もよく通るし、見た目も申し分ない。でも、あなたは役の選定が悪すぎるのよ。人を好きになったことのない人が人を好きになる役を演じられるわけがないでしょう? 想像で補うには圧倒的に経験が足りない」
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