さよなら、もう一人のわたし
 千春の口から飛び出してくる評価に驚いていると、彼女はウインクをした。

 まるでオーディション会場のわたしを見てきたようなことを言う。

 彼女の言っていたことは間違っていなかった。

「それで大丈夫なのか?」

「多分大丈夫。わたしが指導するから」

 主語のない会話が二人の間で続いていた。この兄妹は何を言っているのだろう。

「君の両親は?」

「喫茶店で働いています」

 わたしは父親の顔を知らない。産まれたときから母親が女手一つで育ててくれた。

 父親のいない子として周りから冷たい目で見られることも少なくなかった。

「君を採用するときは親に話をするけど、大丈夫?」

「大丈夫だと思います」

 母親も理解はしてくれていた。だが、採用というのは妙な言い方だ。

「あとはおじさんが気に入ってくれるかどうかだね」

 千春はそう言うと、肩をすくめた。

 おじさん?
 わたしの知らない名前がまた出てくる。
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