さよなら、もう一人のわたし
 放課後、わたしは学校を出ると千春と待ち合わせをしていた本屋の前に立つ。弘はあれから一日ご機嫌だった。千春と会話ができたのが本当にうれしかったのだろう。だが、千春と付き合うのは難しそうだ。

 弘のこれからを案じながらため息をつき、中に入ろうとすると、千春が四十代ほどの見覚えのない男と話しているのが見えた。彼女が不機嫌そうに男を見据えている。

「だからわたしに言わないでください」
「君から伯父さんに口添えしてほしいと言っているんだ」

「嫌です。誰がするか決まったんですか? その具体的な人が決まったなら考えなくもないですけど、若手の綺麗な女の子の売り出しに使うのでは納得しないと思いますよ」

「お金ならいくらでも出す」
「あの作品は伯父にとっても、父にとってもあれはお金には変えられないものなんですよ」
「そこを頼む」

 その男が千春の腕をつかんだ。

「離してください」

 千春の声が一オクターブ上がる。
 彼女が嫌がっているのは明らかだった。

 周りの目も二人に集中しはじめていた。
 こういうときはどうしたらいいのだろう。べたに警察呼びますよと叫ぶのだろうか。だが、店内で乱暴に及ぶようなことはないだろう。わたしは迷った末、口を開く。
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