さよなら、もう一人のわたし
「千春」

 男がわたしを見ると、顔を引きつらせた。
 そして、千春の手をつかんでいた手を離す。
 千春はその男を見据える。

「話があるなら伯父に直接言ってください。わたしにはその権限が一切ありませんから。行こう」

 わたしは千春に引っ張られ、その場を後にすることにした。
 その店から少し離れた信号で千春が足を止めた。わたしも足を止めると赤になった信号機を視界に収めた。

「聞かないの?」

 突き放すような冷たいような口調に、彼女がどれほどいらだっているのが分かる気がした。

「何が?」
「あの男と何を話していたとか」

「聞かれたくないのかな、と思ったから」

 千春は寂しそうに微笑んだ。

「あなたには次の日曜日に話をする予定だったのよ。どうせ、いずれ知られることだから」
「わたしに関係あることなの?」

「伯父さんが気に入れば、ね。兄もそう思っているからあなたを伯父に合わせようとしたのだと思うわ」
「伯父さんって何をしている人なの?」

「一応映画監督だけど、無職のような生活を送っているかな。お金はあるから、少し違うのかもしれないけど」
「映画って映画?」
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