さよなら、もう一人のわたし
「そうだよ。彼女は天才だった。少なくとも私はそう思っている。でも、演技だけしていればいいわけじゃない。彼女はそうしたものに嫌気がさして辞めたんだ。あの頃は僕もまだ未熟だったからね。だから、残念ながらも仕方ないと思った。けど、それに彼女はそれ以上のものを残してくれた」

 彼は何かを思い出したかのように幸せそうに微笑む。

「それ以上のもの?」
「千春だよ。彼女は水絵以上の存在だ。今の僕なら、彼女をサポートできる。水絵のときとは違ってね」

 彼は何かを追い求めているような子供のように輝く瞳で語っていた。
 わたしは千春の演技を思い出していた。
 彼女は確かにすごいと思う。

「それは分かります。でも千春は断ったと言っていました」
「彼女は強情だからね。昔からそうだった。言い出したら聞かないから。才能があっても本人にやる気がなければ無意味なことだからね。才能が全てじゃないということは彼女を見ていたら思う」
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