さよなら、もう一人のわたし
 千春も同じことを言っていたのだ。
 才能は本人が好きなものだけに与えられるわけじゃない。
 きっと千春のような人も世の中にはいるのだろう。
 やりたいことと、才能が重なり合えばいいのに、現実は違う。
 彼はわたしに製本された本を手渡した。

「これは」

 わたしは本を捲る。そこにはわたしが見慣れたセリフが並んでいた。

「君の好きなところをどこでもいい。読んでみてくれ」
「読むだけですか?」
「それだけだよ」

 それは逆に難しい気がした。動きをつけたほうが気持ちも盛り上がるし、すらすらと言葉が出てくる。だから読むだけだと指定したのだろう。
 わたしはページを捲る。それは二人の出会いのシーンだった。
 わたしは水絵さんの姿を思い出し、顔を綻ばせた。

「わたしはあなたのことが大嫌いよ。いつも嫌なことばかりして」
「僕も君のことが嫌いさ」

 そう言ったのは千春の伯父さんだった。
 わたしは軽く笑う。

「それならよかった。二度とわたしに話しかけないでね」

 突き放すような冷たい口調で言い放った。
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