さよなら、もう一人のわたし
 無言で歩いていこうとする。
 いつもなら絶対につかまない手を彼女はつかんでいた。

「触るなよ。鬱陶しい」
「心配なの」
「くだらない」

 そのまま果歩を睨んで去っていく。

「君は本当にこの映画が好きなんだね」

 わたしは次のページを捲ったときにその言葉の意味を理解した。映画の台詞でないと気づいたためだ。

「好きです。とても」

 わたしは少し舞い上がった状態で答えた。
 わたしは何度も言葉を考える。

「どうしてわたしがこの映画を好きだと思ったんですか?」
「君の顔を見ていたら分かるよ。千春から聞いていたよ。とてもこの映画を好きな人がいて、彼女にやらせたらどうかってね」

 彼は持っていた脚本をぺらぺらと捲った。
 千春はそんなことまで話をしていたのか。
 何だか恥ずかしくなってきた。

「でもどうしてわたしに」
「千春がしたくないからだろう。もう演技はしたくないと言っていたからな」
「もうって千春は素人じゃないんですか?」

 それは彼女が何度も主張していたことだ。
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