さよなら、もう一人のわたし

「君は知らないかもしれないが、昔は子役で出ていたんだよ。そのときにあいつの才能に気づいた。それからあいつはしばらくして演技から離れた。あいつに演技をさせたがったのは母親だったからな。母親は才能があると分かったのかもしれない」
「そうだったんですか」

 千春がどうしてそのことを隠そうとしたのか分かった気がした。彼女にとってその記憶が幸せなものでもなかったのだろう。

「実際、学校でも目立って嫌だったらしい。あいつはああ見えて目立つことが嫌いでね」
「そんなに有名な子だったんですか? 端役くらいなら話題にならない気がするけど」
「実際、端役でもテレビにでも出たら大騒ぎだよ。秋ちゃんがいるって」
「秋ちゃん? だって千春でしょう?」

 彼はああ、と口を開く。

「彼女は役名で演じていたからね」
「どんな役名だったんですか?」
「仁科秋。俺が名付けたからよく覚えているよ」

 わたしは思わず椅子から立ち上がる。
 わたしは仁科秋と千春の姿を頭の中で比較する。
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