さよなら、もう一人のわたし
 そう思ったのはある種の直感のようだった。

「そう。あいつよく泣いていたんだよね」
「千春が?」
「多分、演劇が嫌いなわけではないとは思うんだ。最初は楽しそうだった。誰かに褒められたとか、目を輝かせながらそう言っていた。いや。この話はいいか」

 彼は自分で会話を打ち切った。

「何か聞きたいことあるなら聞いていいよ。あいつには聞けないかもしれないから」

 なんとなく千春の話題を持ち出しにくかった。
 何か差し障りのない話題はないだろうか。わたしは必死に考えを巡らせる。しかし、男の友達など多くない。どんな話をしたら男の人が乗ってくるのか分からなかった。

 女の子同士でする会話ってなにがあるだろう。女の子同士で一番盛り上がるのはやっぱり恋愛の話だろう。後から考えたらこのときのわたしはものすごく混乱していたのだろうが、このときのわたしはいっぱいいっぱいだったのだ。

「尚志さんは恋人っていますか?」

 彼は目を見開いてわたしを見ていた。
 彼の瞳にわたしの姿が映るのを確認したときに、自分が何を言ったか理解した。

「口説いてる?」
「違います」
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