さよなら、もう一人のわたし
 強い口調で否定してしまった。
 彼は肩を震わせて笑い出す。

 これでは動揺しているのがバレバレだった。よりによって彼に何でこんな変なことを聞いてしまったのだろう。
 だいたい彼には彼女がいてもおかしくない。こんなにかっこいいのに。
 そんなわたしの気持ちを打ち消すような言葉が聞こえてきた。

「彼女はいないよ」
「本当に?」

 ちょっと意外だった。この人なら女の子は放っておかないような気がしたからだ。
 千春も尚志さんも顔立ちが整っていることもあり、美的感覚が普通とずれていて、ちょっとやそっとじゃかわいいと思わないのかもしれない。

「人って苦手なんだよ」

 尚志さんは寂しそうに微笑んでいた。
 彼も母親に関することで嫌なことがあったのだろうか。

「一つ聞いていいですか?」
「彼女の話?」

 彼は笑いながらそう言う。

「違います」
「分かっているって」

 絶対に遊ばれている。

「尚志さんは母親に演技をさせられなかったんですか? 千春みたいに」
「させられたよ」

 彼は肩を大げさにすくめる。

「でもそのうち終わったよ。俺にはむいていない、と分かったんだろうな。でもその分、千春一人に期待が向けられたっていうか。そのときの千春は痛々しかった。無理に期待に応えようと頑張っていたって分かったから」

 わたしは千春の笑顔を思い出していた。

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