さよなら、もう一人のわたし
 これでわたしの夢は終わったのだ。
 今日から勉強をもっとがんばろう。

 そう思うと、目頭が熱くなってきた。
 早めに才能がないということが分かってよかったのだ。
 ずっと夢を追い続けていたら、年齢を重ねるに連れてリスクが増大してくる。今なら大丈夫。そう言い聞かせても視界がぼやけてきた。

 そのとき強い雨がわたしの体を叩きつける。周囲で人の声が聞こえた。突然の通り雨に驚く言葉だ。
 でもわたしは立ち尽くしたまま動けなかったのだ。
 雨で体を冷やされていく自分が惨めな存在になった気がしたのだ。

「京香さん」

 わたしはその声に顔を上げる。
 そこに立っていたのは尚志さんだった。
 わたしは慌てて涙を拭った。
 そんな仕草さえしなければ彼はわたしが泣いていることに気づかなかったかもしれない。

「ごめん、雨が降り出したから大丈夫かなって思って」

 心配して戻ってきてくれたんだ。
 冷え切ったわたしの心に温かいものが宿るのが分かった。

「千春のせいで嫌な思いをさせた?」
「いいえ。そんなことないですから」
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