さよなら、もう一人のわたし
 彼女は肩を落とす。
 どうして彼女はそんなに知られたくないのだろう。
 あれだけすごい演技をしていたのに。

「誰にも言わないよ。でも、これで諦められると思う」

 わたしの中で水絵さんになりたいという気持ちがあった。
 だが、それ以上の敵わない存在を見せ付けられることで、心がすっとした気がする。彼が彼女の話題を出すことで、わたしに無理だと告げたかったのだろうと思ったからだ。

「絶対に言わないでよね。あんな誰も覚えていないようなことを知られたくないのだから。それに諦める必要なんてないよ。わたしは京香なら絶対できると思う」
「自分のことは自分でよく分かっているからね」

 わたしは明るい口調で言った。

 夢は叶えることができないから夢なのかもしれない。
 もっと現実的な、叶えられそうな夢を探そう。

「千春は何になりたいの?」

 その才能を持つ彼女が何になりたいか知りたかったのだ。

 彼女の顔が真っ赤になる。
 わたしは意外な反応に彼女を見た。

「笑わない?」
「笑わないよ」
「……お嫁さん」

「そうなの? もっと専門職みたいなものかと思っていた。研究者とか」
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