さよなら、もう一人のわたし
 千春は肩をすくめると、微笑んだ。

「一応本気みたいだね。なら、わたしたちの事務所に来ない? あなたは事務所に入っていないんでしょう? あなたを映画に主演させてあげる。もちろん、いろいろ押さえておかないといけない事項もあるし、決定とはいいがたいけど」
「主演? なんで? それにわたしたちって?」
「わたしと兄がやっているの。従業員もほとんどいないけどね。つてはあるから、そのあとどうなるかはあなた次第よ」

 オーディション会場で男性が千春を見て微笑んでいたのを思い出した。あれもつてなのだろうか。
 女子高生とその兄でそんな仕事がとってこれるような世界なのだろうか。
 疑いの気持ちで彼女に問いかけた。
 彼女に事務所の名前を聞いてみるが、全く聞いたことがない。

「なんでわたしなの?」

 彼女はわたしを見て、笑みを浮かべた。

「顔。すごく綺麗だと思うわ。あなた」

 彼女の思いがけない反応に何も言えなくなる。

 彼女はわたしを見て、くすっと笑った。

「それも一要素ではあるけど。でも、なんとなくあなたならできるんじゃないかと思ったのよ」
「何を?」
「いろいろと」

 彼女ははぐらかしたまま答えようとしなかった。
 オーディションもまともに通らないわたしに彼女は何を見たというのだろう。
 疑いの気持ちがわたしの心に湧き上がる。

「怪しいものに売り飛ばそうとしているわけじゃないよね?」
「は?」

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