ラブ パラドックス
大ホールいっぱいの参加者を見渡しながら、簡潔にあいさつを済ませた夏目くん。

マイクを通して耳に入ってくる声は、快活で、程よく元気があって心地よい。

なんかもう、声までポジティブ。


参加者の手元に、あらかじめ配布していたレジュメの枚数を確認し、事務所の無料相談会開催について触れる。要予約なので早い者勝ちですよ。本当に。と早速笑いを取りながら。


「まずお手元の資料、1ページ目を開いてください。そもそもなぜ遺言を作るのでしょう。遺言って何でしょう」


参加者に問いかけ、少し間を取る。


遺言作成によるメリットは多い。簡単に言うと、法定相続分に縛られることなく、残したい人に残すことができ、残したくない人に残さないことが可能だ。


「最前列の緑の服のお父さん。眼鏡がおしゃれですね。お隣は奥様ですか?」


突然声をかけられた初老の男性が、驚きながらも笑顔で頷く。

「例えばお父さんに、前の奥さんとの間に、もう何十年も会ってない、どこで何してるかわからないお子さんがいるとします。しかも現在の奥さんは、前妻と前妻の子に面識がありません。あ、皆さん、例えばですよ。例えば」


場内に笑いが起きる。もちろん、緑の服のお父さんも、その奥さんも笑っている。

きわどいよ、夏目くん!
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