虚無たちの葬失
彼女と虚無と葬失
「どうして凪紗は殺されたんだろう」
純也は呟き、右手に持った缶の中に残る少量のブラックコーヒーを飲み干した。
彼がもたれかかる教室の窓からは、校庭で運動部の生徒たちが散り散りになってさんざめいているのが見える。
三ヶ月前の事件はあっという間に風化し、今やあの日のことを覚えているのは、純也を含む綾島高校の“自称”虚無主義者である五人だけだ。
彼らはいつも放課後に、純也のクラスである三年二組の教室で集会を開く。
もちろん、それに意味などはなかった。
「そんなこと考えたって無意味よ。彼女が死んだことに意味なんてないわ」
教卓の上で本を読む長い黒髪の少女が、純也の言葉を否定するように言った。
それを聞き、純也は空き缶をゴミ箱に投げ捨てて自嘲気味に笑う。
「そうだよな、俺だってそんなことはわかっているんだ。でも……気になるんだ。誰が凪紗を殺したのか。それ自体に意味がないとしても、美緒だって少しは気になるだろう」
「純也、そいつに何か言っても無駄だって。美緒は読書に夢中なんだから」
教室の後ろにあるロッカーの上に寝転び、茶髪を掻きながら和真が首を振った。
「美緒は、何にも意味なんてない、無意味だ、って言うわりには無意味な行為であるはずの読書によく勤しんでいるよな」
和真の声に美緒が顔を上げ、冷たく
「だから?」
と言い放った。
「読書に意味なんてなくても、楽しむのは自分の勝手でしょう」
「まあ落ち着きなよ、美緒ちゃん」
ポニーテールの少女、遥が苦笑して美緒の肩を叩き、唐突に尖り始めた雰囲気をおさめるように言葉を紡ぐ。
「一番最初にニヒリズムって言葉を使ったニーチェはね、十九世紀に『虚無を無くす』――詳しく説明すると長くなるから省くけど、つまり、全部の意味が無くなったから、自らが人生を切り開いていこうっていう意味で使用したの」
聡明な遥の講義に、教室内の全員がなんとはなしに耳を傾ける。
遥は学年でもトップレベルの才女であり、そんな彼女の講義はこの教室で行われることがしばしばあった。
「これを能動的ニヒリズムっていうのね。ニヒリズムには幾つか意味があるんだけど……だから、もし自分が能動的ニヒリズムって考えるのなら、意味がないって知っていても生を全うすることが大切になるのよ」
「さっすが秀才。で、何が言いたいわけ?それがどう美緒の読書と繋がんの?」
ニヒリズムについての講義の最中で、不真面目な生徒の和真が口を挟む。
それに対して遥は少しばかり考えるようなそぶりを見せ、顔を上げた。
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