虚無たちの葬失





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「凪紗が殺されたのは三ヶ月前の一月二十一日、水曜日。綺麗な快晴で、冬にしては気温が高い日だった。あの日凪紗は……元の俺らの部屋で死んでいた。死因は首の動脈……つまり頚動脈を鋭く薄い刃物で掻っ切られたことによる失血死」




純也の言葉を簡潔にまとめ、遥が達筆な字で黒板に箇条書きにしていく。



黒板に綴られていく事件の情報を眺めながら、和真が声を漏らした。




「……凶器が見つからなかったんだよな、確か。だから他殺だと断定されたし、今でもまだ見つかってない」

「そうだな。教室のどこにも、あるいは教室の下にあった地面なんかも調べられたらしいけど、薄くて鋭い刃物なんか落ちてなかった。カミソリの刃、もしくはカッターナイフの刃みたいなものだ」




黒板とチョークが接触する際に発される甲高い音が、継続的に教室に鳴り渡る。



黒い髪を手持ち無沙汰に弄りつつ、美緒はひとりごちるように声を出した。




「あの日、凪紗の様子はいつもと少し違ってて、放課後に用事があるようだった。どんな用かは知らないけど、あの部屋で誰かと会う約束をしていたのかもって推測が成り立つわ」




一同が頷き、黒板に『凪紗の異変、放課後に誰かと会う約束をしていた?』という文章が追加される。



彼らの視界を覆うのは、今や見慣れた教室の風景ではなく、一月二十一日に見た非現実的な大量の赤だった。



死体を見つけた瞬間、誰も目の前のものを直視することができず、ただ呆然としていた。




「そして肝心の点」




白い天井に視線を投げ、純也は思考を凝らすように口元に手を当てる。




「部屋は、完全な密室ではないけど、人が出入りできるような隙間は無かったということ。ごめん遥、簡単に見取り図を描いてくれないか」




「良いよ」




遥は白いチョークを器用に使いこなして黒板の右端に四角い図形を描いていく。




「廊下側の壁の前後についた扉、窓は全て施錠されていた。それらを一度でも取り外したような形跡はないし、鍵は職員室で保管されていた」




純也の言葉に従い、遥は直線で室内の様子を完璧に再現していく。



彼女のこういった几帳面な性格は、日頃から美緒に「無意味だ」と言われながらも自称虚無主義者の四人から認められていた。



誠が純也の状況再現に付け足しをするように口を開き、額を押さえる。




「部屋に置かれていた物はあまりなく、あったのは後ろの壁に立てかけられた長机と六脚のパイプ椅子。時計とチョーク、生き物が飼われていない石と砂の水槽。凪紗の鞄。中には教科書類と裁縫道具と弁当と筆箱。それが全部だった」

「そして、もう一つの窓だね」




遥がチョークを動かしてまっすぐな線を引きながら口を開いた。




「本当に肝心なのはこっちの窓だね。こっちの窓は遺体発見当時は全て開け放たれていて、青いカーテンが風でなびいていた。でも、人が出入りすることは不可能」




遥は手早く開いた窓を描き、その横にバツを描いた。



そうして、黒板の上で事件当日の解放された密室が出来上がる。



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