雨のち、君と。
1章 梅雨
その日はとても疲れていた。
酒を飲みたい気もした。しかし、誘いをことごとく断られ、一人で行く気にもなれずなかったので家へ帰ることにした。
家のすぐ横の路地。
薄暗いその道が俺は好きだった。
暗がりに輝く綺麗なオッドアイの猫。右目が蒼色。アオと勝手に名付けて、時々餌をやっている。俺に懐いてるわけではない。ただ時々、餌をやるだけだ。
「ごめんな、今日ごはん持ってないんだ。」
喉のあたりを撫でてやると、少しだけ鳴いて手に擦り寄る。うん、可愛い。
ぽつっと冷たい感触がした。雨だ。
雨は嫌いだ。憂鬱な気分になる。
昔から、雨が嫌いだった。
傘も持ち合わせていないし、家へ帰ろうと思った時だった。
振り返ると、誰かが立っていた。
面倒事は、嫌いだ。
本降りになってきた大粒の雨の中で立っていたのは、女性。女性と呼ぶには少し幼いかもしれない。でも少女という感じでもない。
「(いや、帰ろう。)」
面倒事は、嫌いだ。
極力、人と関わりたくない。
深くフードを被っていた。黒のパーカー。
長い前髪から覗いたのは、蒼色の目。
「アオ…?」
声に出てしまった。つい、見慣れた色だったから。
「すいません。」
目を逸らし、少し会釈をして通り過ぎた。
きょとんとした顔をしていた。とくに返事もなく、彼女は雨の中ただ立ち尽くすだけだった。
マンションに入る前に、ふと足を止めた。止めてしまった。
アオと同じ目の色が気にならないといったら、嘘になる。
もう一度だけ、あの目を見たかった。
振り返ると、丁度彼女もこちらを振り返り目があった。
綺麗な、蒼色だ。アオの右目と同じ色。
「あの…、」
その日は、とても疲れていた。
「なにしてるんですか?」
一歩彼女に歩み寄ると、彼女は一歩下がる。
もう一歩近づくと、彼女ももう一歩下がった。
縮まらない距離が、なんだか可笑しかった。
「ははっ、なんで離れるの。(笑)」
「…あなた、だれ。」
警戒心むき出しの、綺麗な瞳。吸い込まれるような感覚を覚えた。
「よかったら、お茶でもどうですか?ここ俺の家だから。雨だしね、風邪引いちゃうよ。」
少し間が空いてから、彼女は小さく頷いた。
ただの好奇心だった。
少し気になった、ただそれだけ。
俺の人生を変えることになるとは思わなかった。
ましてや、彼女に救ってもらえるだなんて、このときは夢にも思わなかった。