雨のち、君と。
外は雨。梅雨真っ盛りでも俺は憂鬱な気分になったりはしない。なぜなら、なんだか面白そうな日々が始まりそうだから。
安いラグの上で寝たから、さすがに腰が痛い。俺はもういい歳だ。
…19歳の女の子と同じベッドで寝るわけにはいかない、でしょ。
「蒼弥、おはよ。」
「…おはよ。」
人と朝の挨拶を交わすのなんて、何年振りだろうか。実家にいた時以来だから、10年…くらい?
なんだか、くすぐったいような、不思議な気持ち。
「今日は普通に仕事あるから…。明日日曜だし、買い物行こうか。服それだけじゃ困るもんね。」
「うん、わかった。頑張って。」
大きなあくびをしながら、頷く生。
なんだか、昨日初めて会った気がしない。なんでだろう。
「あと、なんかちょっとでも思い出したら俺に教えて。」
「…なんで?」
なんでって…。
「心配だから。」
…嘘だ。
気になるんだ。
綺麗な蒼色の瞳も、柔らかく少しくせのある栗色の髪も、細くて華奢な手足も、くしゃっと笑うその顔も。
瞳だけじゃない。全てが気になるんだ。
生の存在が俺の好奇心に触れる。
「ん、わかった。」
少し不思議そうに首を傾げながらも、頷いてくれた。
スーツに着替えてるうちに生は朝食を作ってくれた。
「私、料理できるみたい。」
「そうみたいだね、美味しい。」
「へへ、よかった。」
ふわっと笑った生。見たことなかった顔をした。昨日出会って、一晩経って、生は一度も笑わなかった。
初めて笑った。
きっと愛想笑いとか、しないんだろう。
本当に嬉しいときしか、笑わないんだろう。
そう考えると、生の笑顔を見れたことがなんだかすごく貴重なことに思えて、嬉しかった。
「じゃあ行ってくるね。」
スーツに着替え、玄関先でネクタイを締めると生はちょこちょこと俺の後ろをついてきた。
「いってらっしゃい。」
少し不安そうに、俺を見送った。
いってらっしゃい。そう言われて家を出たのなんて何年ぶりだろうか。
大っ嫌いな会社に向かうのに、なんだかしゃんとした気持ちで歩き出した。