雨のち、君と。
「なんか楽しそうじゃんか〜。いいことあった?」
ぽんっと肩を叩かれ振り返ると田崎がいた。
「まあね。猫を拾ったんだ。」
女の子を拾った。だなんて言えるわけもなく、生のことを猫だと表した。
「猫?羽柴が?久しぶりに飲みにでもいこーぜ、話聞かせてよ。」
田崎は入社当時からの知り合いで、会社内で唯一の友人と呼べる同期だ。
「近々な。」
そう答えると、田崎は歯を見せて笑って手を上げて去って行った。笑顔の似合ういい奴だ。裏表のない、屈託のない笑顔。とても同い年とは思えない。
「羽柴、ちょっと来い。」
「はい。」
ああ、またか。
呼び出し。
誰もいない会議室。俺のことを忌み嫌う部下と二人。
営業部の主任を任せられてる俺は、年上の部下が多い。29歳の俺の下につくのは、50歳近いおっさんたちだ。
年下の上司なんて、ムカつくだけなんだろう。何かあるごとに目の敵にされている。意味がわからない。業績を上げたから出世して、いいポストを用意してもらった。ただそれだけだ。
「お前、この報告書はなんだ。」
「最近新しくできた企業との契約についてですね。…なにか?」
「年上に対して大層な口の利き方だな。何故ここに俺の名前がないんだ。」
「代表者2名、と記載があるからですよ。主任の俺と、副主任の名前は載ってます。」
バンっと会議室の机を叩く。耳に嫌な音が残る。
「お前いつまでもそんな態度で通ると思うなよ…っ!」
勢いよく開けた扉の向こうに消えていった。
「はー…。」
疲れる。人の悪意を真っ直ぐ受け取るのは、疲れる。
トントントントン、と4回の柔らかいノックの音。
この音は、田崎。
「はいどーぞ。」
「はいどーも。はいどーぞ。」
田崎は困ったように笑いながら、コーヒーを俺に手渡す。
「大変だな、主任様は。」
「嫌味っぽいな〜。ありがと、いただくよ。」
田崎といると、楽だ。
気を遣わなくていい。田崎が俺に気を遣わないからだ。だから、楽だ。数少ない俺の友人。
会社は嫌いだ。でも田崎は好きだ。
「まあ、あんま気にすんなよ。」
「ん、ありがとう。」
じゃあ、と言いながらひらひら〜と手を降って田崎は会議室を出た。