雨のち、君と。
5




「蒼弥、おはよ。」


「ん、おはよ。」


日曜日の朝6時前。

…本来なら日曜日は起き上がらない曜日として俺は設定している。しかし、生が来た今、そんな休日は存在しないみたいだ。



「…早起きだね、生は。」


低血圧低血糖で朝の苦手な俺に反して、楽しそうに朝ごはんを作っている。


「朝は好きみたい。」


時々、生は自分のことなのに他人のことみたいに話す。
〜できるみたい。とか、〜好きみたい。とか。
まるで第三者みたいに。知らない人のことみたいに話す。

記憶喪失になったことないから、生の気持ちなんて想像もつかない。
どれだけ不安でどれだけ怖くて、そんなの俺にはわからない。


…ここで会ったのも何かの縁だ。俺は人と人との繋がりはわりと大事にするほうだよ。できる限りのことはしたい。してあげたい。


まだ三日目。それもこんな早朝に。

小さな決意を胸に、生の焼いてくれた少し甘い卵焼きを口に運んだ。




「蒼弥…っ!」


目をキラキラ輝かせながら、ショッピングモールを駆け回る。生が持っていたのは薄手の白いワンピースだけだった。梅雨時で天気も変わりやすく、じめじめはしているが少し肌寒く感じる季節だ。俺の持っていたパーカーを羽織らせてから出かけた。


…うん、いい。


彼シャツ?ってやつ?シャツじゃないけど。

…とてもいい。



だぼっとしたパーカーの袖から少しだけ見える綺麗な手。いたずらにフードを被って笑う。


「ほら、走んない。迷子になったらどーすんの。」


「そしたら探しに来てね?」


嬉しくって楽しくって仕方ないって顔に書いてある。わかりやすいなあ。



「あ、じゃあさ じゃあさ…っ!」


俺の右手にそっと触れてから、袖を掴む。


「これならだいじょーぶじゃない?」



……なんなの!この子は!

キラッキラに輝いた殺人級の笑顔はまた前を向いた。


なんだろう、これ。若者の言葉で表すならば、あれだ、キュンキュンするんだ。

…いい歳したおっさんが何言ってんだか。



「蒼弥?いこ?」


「ん、行こっか。」


なんだか生といると世界が輝いて見える。そんな気がした。
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