雨のち、君と。
「いってきます。」
「いってらっしゃい。」
次の日の朝、生は変わらずに早起きで。思ったよりも清々しい顔をしていた。なんだか安心する。
今日は早く帰ってこよう。風呂に入って、生の作った飯を一緒に食べて、いつもみたいに一緒にテレビ見て、早く寝るんだ。それで明日もまた早く起きる。
生が待ってるから、早く帰ろう。
会社に着いてからも、考えるのは生のことばかりだった。こんな短い時間しか一緒にいないにもかかわらず、生はもう俺の生活の一部になっていた。きっと生のいない生活は考えられない。
「なーに難しい顔してんの。昼食った?」
相変わらず、へらへらと笑顔の田崎。
「まだ。たまには外行くか。」
「さんせーい!」
田崎と共に会社から一番近いカフェに入る。お昼時ということもあってアンティークな店内にはOLで溢れかえっていた。いい歳した男が2人でカフェなんて、なんともまあ似合わないが、俺は甘党でここのケーキは絶品だ。ああ今度、生を連れてこよう。
「なにニヤニヤしてんのさ。ここ何日間お前楽しそうだよねー。」
「いや、う…、猫がさ。」
危ない。生と言ってしまいそうになった。俺は田崎に隠し事をするのが苦手だ。こいつの柔らかな雰囲気はなんでも話してしまいそうになる。女子社員からの人気にも頷ける。
「ああ猫ちゃん飼い出したんだっけ。一回会わせてよ〜。」
「やだ。」
「なんでさ(笑)」
「俺以外に懐いたら嫌だから。」
「なにそれ、独占欲〜?羽柴くんめっずらしい〜。」
茶化すような口ぶりの田崎をよそにカフェラテ(もちろんガムシロ追加)に口をつける。
『俺以外に懐いたら嫌だ。』本音だった。もし生が田崎を気に入ったら?俺の前で田崎の話を楽しそうにしたら?俺以外に笑顔を見せたら?
…どれもすごく嫌だった。これを独占欲と言うのかもしれない。
「お前がそこまで惚れ込む猫ちゃんはどんだけ可愛いんだろうねぇ。」
なにか含みのある言い方。田崎は時々びっくりするほど鋭い。…ばれてはないだろうけど。
「可愛いんだよ、猫。」
「名前は?」
ああ、猫の名前として言ってしまえばいいのか。下手に隠すのもやりづらい。
「生。」
「うい?へえ、珍しい。またなんでそんな名前に?」
「箱に書いてあったんだ。」
…嘘だけど、嘘じゃない。
「ふぅん。」
ニヤニヤしながら、田崎は小洒落たプレートにのったハンバーグを口に運んだ。なんだか居た堪れなくて、俺も目の前のパスタに集中することにした。