君は世界を旅してる
お母さんの目線の先を辿った。
ドクドクと、鼓動が早くなるのを感じた。
「……俺天才」
一条くんがぼそっと呟いた。
1人の男の人が、こちらへとまっすぐ歩いてくる。
お母さんはどうやら、その人を見つめているようだった。
「待たせてすまない、美佳子」
男の人がお母さんに声をかけた。
「平気よ。おかげでだいぶ読み進められたから」
お母さんはそう答えて、微笑みながら本をパタンと閉じた。
2人のやり取りから、顔見知りだということがわかる。それも、ただのお知り合いと呼ぶには親しすぎるように思える。
「美佳子っていうのが?」
「お母さんの名前!」
スーツを着た男の人は、"品のよさそうなおじさん"だった。
歳はいくつぐらいだろう。お母さんよりも少し年上かもしれない。
その人を観察して、1つの考えが浮かんだ。
「一条くん、もしかしたらあの人、お母さんの再婚相手……とかなのかな」
「おい、落ち込んでる顔する前によく会話聞けよ」
男の人は、お母さんと同じテーブルの席に座った。
カバンを空いたイスの上に降ろして、頼んできたコーヒーを一口飲んだ。
「急に呼び出してごめんなさい。すぐに報告したかったから」
「ちょうど仕事が終わったところだ。会えてよかった。それよりも」
急に、声のトーンがぐっと落とされた。
聞き取りづらくなって、私と一条くんはさらに2人に近付いていった。
「決心したんだな」
「真子には……、何て説明したらいいか……」
お母さんは、少し泣きそうな顔をしている。
男の人が、お母さんの肩にそっと手を置いた。